銀河系内全天画像を扱う人は CAR Projection をちゃんと理解したほうが良い
世の中に転がっている銀河系内全天画像 (all-sky map) の FITS の header には、WCS (World Coordinate System) が間違って書き込まれているものを散見します。WCS には様々な projection (投影法) が規定されているのですが、その中で CAR projection を勘違いしたまま使用する人を何度も見てきました。そのような間違った WCS が書き込まれた FITS を解析した場合、座標系が間違っているのでとんでもない解析ミスに繋がる可能性があります。
世の中に落ちている HI、CO、Av など、様々な全天画像の FITS header に間違いが含まれています。どこからか落としてきた FITS 画像を使う場合は、使用前に信頼できる描画ソフトで座標系を描いてみることをお勧めします。
WCS とは
WCS は FITS 画像上の pixel がどのように実際の天球面に対応するかを定めた座標変換の規則のことです。通常の CCD 画像などは 2 次元の広がりを持つだけですが、現実の天体は球面座標で表される天球面上に存在しています。そのため、画像上の見かけの 2 次元座標は何らかの座標変換によって天球面上に配置されなければいけません。さらに光学系の歪みが無視できない場合、この歪みも WCS にて補正することが可能です。
詳細は以下の論文に記述されています。
- M. R. Calabretta and E. W. Greisen (2002) A&A, 395, 1077-1122
- M. R. Calabretta, F. G. Valdes, E. W. Greisen, and S. L. Allen (2004) A&A に投稿予定のまま?
- M. R. Calabretta and B. F. Roukema (2007) MNRAS, 381, 865-872
WCS が登場する前までは FITS の 2 次元画像をそのまま直交座標系だと見做す単純な座標変換が使われていました。次のような FITS header を用意すれば、CRPIX1/CRPIX2 を基準点とし、FITS の (x, y) 座標の点を銀経銀緯上で
で表すことが出来ます。
CTYPE1 = 'GLON' CRVAL1 = 1.800000000000E+02 CRPIX1 = 1 CDELT1 = -5.000000000000E-01 CTYPE2 = 'GLAT' CRVAL2 = -0.000000000000E+01 CRPIX2 = 181 CDELT2 = 5.000000000000E-01
これは非常に単純で明快です。
CAR Projection とは
WCS には CAR projection という座標変換が存在します。この CAR は plate carrée のことで、本来は Cartesian ではありません*1。一見すると、上述の WCS を使わない単純な座標変換に似ているのですが、同じだと勘違いして使用すると大きな間違いを犯します。
文献 [1] には次のように書かれている為、ここだけ読むと全く同じに思えるでしょう。
5.2.3. CAR: Plate carrée
The equator and all meridians are correctly scaled in the plate carrée projection14, whose main virtue is that of simplicity. Its formulae are
x = φ, (83)
y = θ. (84)
ただし、この と は必ずしも赤経赤緯や銀経銀緯に対応しません。 に対応する天球面の場所から大円を引き、その大円上にある座標が等 線になります。そして、 から や への変換が再度必要になります。同じく文献 [1] に以下のような説明がさらにあります。
2.8. Comparison with linear coordinate systems
It must be stressed that the coordinate transformation described here differs from the linear transformation defined by Wells et al. (1981) even for some simple projections where at first glance they may appear to be the same. Consider the plate carrée projection defined in Sect. 5.2.3 with φ = x, θ = y and illustrated in Fig. 18. Figure 1 shows that while the transformation from (x,y) to (φ,θ) may be linear (in fact identical), there still remains the nonlinear transformation from (φ,θ) to (α, δ).
の場所から大円が描かれて等 線になるということは、例えばその場所が だった場合、2 次元画像上で x の位置だけ移動すると、 に辿り着かずに に辿り着くことを意味します。
通常の CAR projection の用途では、恐らく WCS 登場前の CTYPE1 = 'GLON'、CTYPE2 = 'GLAT' と同じ使い方をしたいだけでしょう。その場合は、次のような header が最小構成です*2。これは、360 × 180 pixel の 2 次元画像で、1 pixel が 1° に相当しています。また画像の中心 (x, y) = (180.5, 90.5) が銀河中心に対応しています。
SIMPLE = T / file does conform to FITS standard BITPIX = 16 / number of bits per data pixel NAXIS = 2 / number of data axes NAXIS1 = 360 / length of data axis 1 NAXIS2 = 180 / length of data axis 2 CTYPE1 = 'GLON-CAR' / axis type CRVAL1 = 0.000000000000E+00 / longitude CRPIX1 = 180.5 / ref pixel CDELT1 = -1.000000000000E-00 / longitude increment CTYPE2 = 'GLAT-CAR' / axis type CRVAL2 = 0.000000000000E+00 / latitude CRPIX2 = 90.5 / ref pixel CDELT2 = 1.000000000000E-00 / longitude increment END
▲ CRPIX1/CRPIX2 を (ℓ, b) = (0°, 0°) に持ってきた画像の例。緑の十字が CRPIX1/CRPIX2 の場所。
間違った CAR を使った例
画像の上下中央を銀河面に設定したいにも関わらず、CAR projection を理解せずに使用した場合には座標系が歪みます。
▲ CRPIX1/CRPIX2 を (ℓ, b) = (0°, -30°) に持ってきた画像の例。CRPIX2 = 60.5、CRVAL2 = -30 に変更してある。
▲ CRPIX1/CRPIX2 を (ℓ, b) = (0°, -60°) に持ってきた画像の例。CRPIX2 = 30.5、CRVAL2 = -60 に変更してある。
▲ CRPIX1/CRPIX2 を (ℓ, b) = (0°, -90°) に持ってきた画像の例。CRPIX2 = 0.5、CRVAL2 = -90 に変更してある。