論文を剽窃されて 1 年半かけて撤回させた話

剽窃については、こっちの記事を読んでください。
oxon.hatenablog.com

1. 経緯

2021/7/4 にある国際会議のプロシーディングス論文(以降、論文 A)を読んでいたところ、そのイントロに見覚えのある複数の文章を見つけ、さらにページを進めると自分が作った図と全く同じ、ただしその著者がいちから作り直したものが掲載されていました。

この論文 A は自分の査読論文(論文 B、copyright は Elsevier)および国際会議のプロシーディングス(論文 C、copyright 不明、おそらく自分)を引用しており、堂々と論文 B、C の文章と図を剽窃しているのでした。論文 A の著者は自分の全く知らない研究者で、ヨーロッパのある小国の大学のシニア研究者(肩書は教授職ではない)のようです。

自分の所属する研究所や研究部門では毎年「剽窃防止講習会」のようなものを修論を書き始める M2 対象に実施しており、その講師を僕がやっています。そのため、学位論文以外にも自分たちの分野で実際にどのような事例があるかというのを取り上げてみたいという下心もあり、行動に移ることにしました。



2. 問い合わせ前半(単独行動)

2021/7/4 同日

出版社(AIP Publishing)の問い合わせ窓口のウェブフォームから剽窃行為の指摘とそれへの対応を求めました。自動返信メールの類が一切届かなかったのですが、ウェブから送信した後の表示画面のスクショは保存したため、送信に問題はなかったはずです。

2021/7/7

すぐに返事があるだろうと期待していましたが、返事が来ません。

2021/11/24

そのまま通常業務に戻ってほったらかしになっていたのですが、出版社からは一切返事がなかったため、また同じ窓口から問い合わせを送りました。

「数ヶ月前に論文 A の剽窃行為について問い合わせをしたが一切の返信がその後ないので、コンタクト先を教えてくれ」という内容です。help@scitation.org にメールが届くようです。

同日、help@aip.org の Customer Experience Specialist を名乗る担当者から confproc@aip.org を Cc して返信が来ました。主な内容は次の通りです。

We have forwarded your inquiry to our Conference Proceedings Team.

さらに 1 時間後に confproc@aip.org の「Editorial Assistant, Conference Proceedings」を名乗る担当者から主に次の内容のメールが来ました。

Can you please provide a detailed synopsis of this case so that we may begin our investigation?

2021/11/25

詳細を教えろという出版社側からの指示だったため、論文 A の剽窃箇所、論文 B と C の剽窃された箇所をハイライトし、PDF にまとめて返信しました。剽窃箇所は以下の内容です。

  • 論文 B から連続する 2 行相当(2 段組論文)
  • 論文 B から連続する 7 行相当
  • 論文 B から 1 行相当
  • 論文 B から連続する 3 行相当
  • 論文 B から連続する 2 行相当
  • 論文 B から連続する 2 行相当
  • 論文 B から連続する 3 行相当
  • 論文 B から図およびそのキャプション
  • 論文 C から連続する 4 行相当(2 段組論文)
  • 論文 C から連続する 3 行相当
  • 論文 C から 1 行相当
  • 論文 C から連続する 2 行相当
  • 論文 C から連続する 4 行相当

合計すると 2 段組で 33 行相当が少なくとも剽窃されているので、3 分の 1 ページ程度相当と、図ですね。

2021/12/1

同担当者から返信。調査を開始したとのことです。ここまでは順調。

We have opened an investigation into this matter and will update you with our findings as soon as possible.

2021/12/10

論文 A〜C を 1 つの PDF にまとめたものではなく、元のバラバラのものを送るようにとの指示。別にそれで作業は進まないだろうと思いますが、それで調査が止まるのも嫌なので送信しました。

Following up on our previous correspondence, I would like to ask if you could please provide PDFs of articles [2] and [3] (rather than the concatenated single file) to assist us in investigating this case.

2022/1/25

PDF を送り直したものの、それに対する受領のメールも進捗報告もないため、こちらから担当者に状況の問い合わせを送りました。

2022/1/26

同担当者から以下の返信。

AIP Publishing is committed to the integrity of the peer review and publishing of scientific works. Our Journals and Editors are members of the Committee on Publication Ethics (COPE) which provides support and guidance on all aspects of publication ethics. As such, we must follow COPE protocol in handling this case which may take some time, but rest assured that we are working to get this resolved as soon as possible.

どうやら Committee on Publication Ethics(COPE)という組織があるようで、AIP はこのメンバーのためそこの手続きに従う必要があるとのことです。

2022/7/2

時間がかるのは分かりますが、半年が経っても何も音沙汰がないため再び問い合わせをしました。

2022/7/8

返信は一応来ます。

This is to acknowledge that your email has been received and we will get back to you with a response as soon as possible.

2022/9/6

再び沈黙が訪れたたため、また問い合わせをしました。論文 A はある国際会議のプロシーディングスであったため、もしこれ以上返信がないのであれば、その会議の運営側にこちらから連絡を入れると通告しました。

2022/9/17

時間がかかるという返信がまた来ます。

Many thanks for your email; we certainly understand your concerns. Please be assured that this case is currently under investigation. We work as quickly as possible to resolve cases, however, please note that they are sensitive and take time. Therefore, we are unable to provide a timeline for when a particular case will be resolved by. We sincerely appreciate your patience while we investigate and thank you for allowing us the time to review the matter.

3. 問い合わせ後半(エディターを巻き込む)

2023/2/10

どのような状況なのかを AIP に問い合わせ続けても何も状況が分からず進捗報告もないため、論文 A の出版された国際会議プロシーディングスのエディターに問い合わせることにしました。研究業績のしっかりしていると思われる教授 2 名がエディターでした。この時点で、このエディターには既に AIP から連絡が入っていると期待していたのですが、一切の連絡が行っていなかったようです。

2023/2/14

エディターから返信が来ます。しかしなぜかここで、論文 A の著者自身が Cc されます。あくまで著者に対しては匿名で扱われると当然視していたため「匿名にしてくれ」とは一切メールに書かなかったのでこちらの落ち度ではあるのですが、ともかく著者にこちらの名前と動きが漏れます。

このメールには、さらに著者の上司と思われる人たち数名が含まれていました。ちなみに 2 人のエディターも著者やその上司らと同じ大学の所属です。建物も同じらしく、居室も 20 m 離れているだけとのこと。

返信の内容は、確かにこれは多くの文章が剽窃されているので、エディターとして AIP にサポートレターを書くよ、これは科学に対する重大な問題である、というものです。

2023/2/15〜3/10

自分とエディター 2 名のみでのやり取りをしました。著者自身や、その上司から一切の返信がないのは不誠実でありダンマリを決め込もうとしているのだろう、のようなメールがエディターから来たり、AIP もずっとまともな返信をしてこないのは「indefinite postponement is a polite form of rejection.」だと書いてきたり、こちらを支持してくれてるのかどうなのかいまいち分からない文脈でしたが、ともかくエディターから AIP にメールを書いてくれるということになりました。

この際、AIP とのやり取りは全てエディターに送っています。

2023/3/9

エディター 2 名を Cc し、AIP に自分から再びメールを送りました。

1. 状況を知らせよ
2-a. もし AIP がこれを剽窃と認めるのなら論文を撤回せよ
2-b. もし AIP が剽窃だと認めないとしても、論文の改訂が必要であると考えるのならば、著者にそうさせよ
2-c. 何の対応も必要ないと AIP が考えるのならば、その理由を説明せよ

という要求をあらわにメール中に書きました。

2023/3/10

エディターから「we fully support Dr. Okumura」という内容のメールを AIP に送ってもらいました(もっと長いですが)。

2023/3/14

AIP から返信が届き、初めて「internal meetings」の情報が届きます。またこれは穿った見方かもしれませんが、エディターからメールを入れたおかげか、翌週に次回会議が開催されるとのことです。都合よく見えます。

While we are unable to provide a timeline for when a particular case will be resolved by as they are delicate matters, I can confirm that we have made great progress in working towards closing this case.

We hold internal meetings to work on our open investigations, the next of which is to be held next week. We will present the information you kindly supplied below at this meeting and aim to provide you with a status update afterwards.

We sincerely appreciate your patience and understanding throughout this process as we work to adhere to the ethical standards and processes of the Committee on Publication Ethics (COPE), of which AIP Publishing is a member.

2023/3/30

こちらから催促していないのに、初めて AIP から自発的にメールが来ました。エディターを巻き込んだ効果は絶大ですね。剽窃された側からの要求にはろくな対応をしてくれないのにです。

I’m writing to provide you with an update that, due to a postponement, our internal meeting is now to be held this week. After which, we will aim to follow up with you.

2023/3/31

また催促していないのに翌日に AIP から連絡が来ました。Chief Publishing Officer までエスカレートするとのことです。いやいや、Chief Publishing Officer まで上がってすらいなかったんですねという驚きです。

The findings of our investigation are now being escalated to our Chief Publishing Officer for review.

We will provide you with another update when a decision has been finalized.

2023/5/2

ここでまた AIP からの連絡が途絶えてしまっていたので、今度はエディターが AIP に催促のメールを送ってくれました。Chief Publishing Officer が進捗報告を寄越さないのは同じ悪行である、というような内容です。

2023/5/4

AIP から返信です。蕎麦屋の出前のようなメールが続きます。

Our investigation is nearing its conclusion and we will keep you informed of the outcome.

4. 論文撤回、感動のフィナーレへ

2023/5/6

AIP からついに論文撤回の決定のメールが届きました。

I am writing to inform you that as a result of our investigation, we will be retracting the following article: XXX https://doi.org/YYY

I will follow up with you when this retraction has been finalized.

2023/5/11

AIP のウェブサイト上で論文撤回(retract)が公開されました。

This is to inform you that this retraction has been published online.


5. 雑感

2021 年 7 月に問い合わせをし、4 ヶ月の完全放置、2021 年 11 月に再問い合わせをして 2023 年 2 月までこちらに分かるような進捗なし。複数回の問い合わせにもまだ時間がかかるという返事のみでした。ここまで 1 年半を(少なくともこちらから見て)進捗なしで終えました。

AIP Publishing はうちの業界でもプロシーディングスなどで使われている出版社であり大手です。このような出版社が論文剽窃の被害にあった側の申立てに対して十分な対応や状況説明をせず、またプロシーディングスのエディターにすら連絡を入れていなかったというのは驚くのを通り越し、呆れるほかありません。自分が直接関わる仕事であれば、AIP Publishing は二度と絡みたくないと思うのに十分でした。

2023 年 3 月にエディターを巻き込んでもらってから、結局 2 ヶ月で論文撤回に持ち込めました。1 年半の進捗なしとは大違いです。

たまたま論文撤回の最終局面にエディターの登場が重なっただけなのかもしれませんが、その後の AIP からの自発的なメール対応を見ても、エディターを巻き込んだことで事態が進んだと自分は想像しています。偉い人を巻き込むというのは大切ですね。

それと、問い合わせを開始する初期の頃に所属する名古屋大学の研究協力課に「剽窃をされる側になったのだが、名大として何かやることがあるか?」と尋ねたのですが、被害側になった場合は研究者個人で対応してくれとのことで、それが名大所属の論文だろうがなんだろうが、名大としては特に動いてくれないとのことでした。残念なことです。

6. Elsevier の対応(追記)

後から思い出しましたが、2021/11/30 に論文 B の copyright を有する Elsevier にも問い合わせをしています。「AIP には既に連絡済みだが、論文 B の copyright は Elsevier なので何かそちらがやることはあるか」という内容です。このような問い合わせをする直接の窓口が見つからなかったため、著作権等の扱いをしている Elsevier's Permissions Helpdesk というところにウェブフォームから送信しています。

翌日の 2021/12/1 に「Senior Copyrights Coordinator」という担当者から「Ethics Expert Team」に次の短文とともに問い合わせが転送されました。

Would you please assist with the below plagiarism query.

その後 Elsevier からも返信が特にないので 2022/1/25 に状況を尋ねるメールを返信したところ、

This email address is no longer monitored

という自動返信メールが届き、もう面倒くさいので Elsevier はほったらかしにしました。