波物語クラスターのまとめ

波物語について

愛知県常滑市で「NAMIMONOGATARI2021」(以降、波物語)という野外音楽フェスが 2021 年 8 月 29 日に開催されました。報道によれば、緊急事態宣言下で 7392 人の参加者があり、会場での酒販・飲酒、一部参加者のマスク非着用が認められ、また参加者同士の距離を十分に取らない身体接触や出演者も煽る形での声出しが行われました。

陽性者とクラスタ

愛知県等の発表資料によると、波物語に関係する新型コロナウイルスの陽性者は、9 月 19 日現在で 47 名です。この内訳は次の通りです。

  • 愛知県がクラスターとして認定し発表した「イベントクラスター(10L)」:27 名
  • 愛知県と名古屋市が実施した、無症状(自己申告)の参加者に対する無料 PCR 検査(検査キットの郵送)
    • 愛知県実施分(351 検査):4 名
    • 名古屋市実施分(307 検査):4 名
  • 愛知県外陽性事例
  • 岡崎市在住の参加者から拡大した事例:2 名
  • 上記の合計 = 27 + 4 + 4 + 3 + 3 + 1 + 2 + 1 + 2 = 47 名

このうち、クラスター(10L)の 27 名、および岡崎市 10 代男性から同居家族(岡崎市 40 代女性、同 10 代男性)への拡大を 1 つの経路図として図示したものが、次の図です。

f:id:oxon:20210919082843p:plain
波物語クラスター(10L)の感染経路図

ここで注意したいのが、名古屋市管轄や愛知県管轄の陽性事例は接触経路が 8 月から非公表になったということです。そのため、岡崎市豊川市豊橋市豊田市以外に居住する事例の場合、接触経路は不明です。つまり、仮に 2 次感染があったとしても、それが明らかになるのはこの図では岡崎市事例と豊橋市事例のみになります。

この図では岡崎市豊橋市在住者は 3 名だけですので、大雑把には 3 分の 1 の確率で(保健所の追跡可能な)2 次感染が発生すると言えます。単純計算で 27 名中 9 名が 2 次感染をさらなる 2 名に起こしていたとすると、2 次感染の人数は 18 名程度と推測できます。

また、愛知県は単にクラスター 10L とだけ公表しておりその中でどのような接触経路が存在したかまでは公開していないため、先頭の稲沢市 20 代女性が全員に感染させた、いわゆるスーパースプレッダーであったという意味でもありません。感染日と、発症・受診・検査の時期は人によって異なります。あくまでこの図は陽性判明の時系列を表しているにすぎません。

この感染経路図の作成方法については、愛知県・岐阜県の感染経路図を可視化した際に書いた記事を参照してください。(この頃はまだ 329 事例でしたが、結局愛知だけで 10 万事例を超えたのにまだ継続しています。)
oxon.hatenablog.com
oxon.hatenablog.com

愛知県が通常「クラスター」として認定し公表するのは、次の条件を満たしている場合だと考えられます。

  1. 同一の場所で発生していること(家庭での拡大など、2 次感染は含まない)
  2. 感染者同士の接触経路が追えていること(濃厚接触が確定もしくは、職場の同僚など接触した可能性が高い)
  3. 合計で 10 名以上であること

※ ただし、豊橋市の高校でかなりの生徒に感染が広がった事例は、同一時間、同一場所ではないということでクラスター認定されなかった。
※ また、保健所の基準で濃厚接触ではなく接触が疑わしい程度だと、同じ職場で 10 名を超えていてもクラスター認定されない場合がある(例えば愛知県内の最初のデルタ株事例は職場感染を含め合計 26 名までの拡大が追跡されたが、職場内での接触経路は公開されずクラスター認定もなかった)。

しかし、この波物語クラスターは本当に愛知県がこれまで採用してきた「クラスター」の定義に合致するかは怪しいところです。27 人もいて、接触を辿れる同一のグループ行動を音楽フェス内でしていたとは考えにくいと思います。実際、愛知県外の事例は大規模な人数ではなく、またこの 27 人の居住地もあまりにバラバラです。

9 月 2 日の稲沢市の 20 代男性は稲沢市の消防士であることが報道から分かっており、この方は友人 2 人と参加したと発表されています。したがって、この 27 人はいくつかのグループに分割するのが自然であり(会場で同じ日に感染したものの、互いに接触していない複数のグループに分かれる)、愛知県がこれまで「クラスター」と呼んでいた形態とは異なるのではないかと思います。

また時系列を追ってみると分かりますが、稲沢市在住者 4 名が先頭に固まっていること、9 月 10 日の東海市事例は当初、経路不明(塗り潰し)として公表されていたこと、後半は名古屋市在住者が多数を占めることなどから、この「クラスター」と愛知県が呼んでいるものは、会場内で同時多発したいくつかの小規模クラスターなのではないかと自分は推測しますれます。またもし普段から行動をともにしている友人同士だった場合、たまたま波物語の開催時期に重なっただけで、その前からもしくは事後に友人同士で感染していた(した)可能性もあります。

リスク評価

2 次感染は無視したとして、7392 人の参加者のうち判明しているだけで 45 名の陽性事例が 14 日間にわたり発生したことになります。愛知県の 10〜20 代人口は約 150 万人です。また 9 月 1〜14 日の期間における愛知県内 10〜20 代の陽性事例は 6777 事例(10 代 2456、20 代 4321)です。したがって、これまた非常に単純な計算をすると (45/7392) / (6777/1500000) = 1.35 倍の確率で波物語は陽性事例が発生しやすい状況であったということになります。クラスターとして認定されていなかったり、参加した旨を申告していない感染者も実際にはいるでしょうから、多めに見積もって約 2 倍だと考えましょう。

これを多いと見るか、それとも大したことないと考えるかは、ちょっと難しいところです。(完全に偏見と、自分自身のクラブに行ったりしていた 20 年前の経験ですが)そもそも波物語の客層は新型コロナウイルスに感染しやすい交友関係を持っていた可能性があります。つまり、波物語に参加しなくても、遅かれ早かれどうせ友達同士で感染していたであろう人たちが、波物語をきっかけに感染した可能性があります。

例えば名古屋大学の学生数は約 15000 人ですが、このうち 9/1〜14 の期間で大学から公表された感染者数は 4 名です。上述の愛知県内 150 万人の 10〜20 代の感染事例 6777 と比較すると、10 分の 1 程度の発生頻度でしかなく、新型コロナに感染しやすい層としにくい層がいるのは明らかです。

波物語だけを敵視しなくても、4 人程度の若者同士の会食は愛知県内で 2000 回よりは桁で多く発生していると思われ、そのような場は県内全体の平均的な感染確率よりも高い環境であり、第 5 波の感染拡大に圧倒的に寄与しているはずです。

もちろん野外音楽フェスでもライブでも感染対策をするに越したことはありません。しかし「自粛の要請」という意味の分からない日本語を行政が振りかざし、特定のフェスにだけ愛知県知事が検証委員会を作って槍玉にあげるのは、「やっている感」を出したり怨嗟の吐口にするだけであって、日本全体、愛知県全体の感染拡大防止としては効果が薄いのではないかと思います。

この大雑把な計算で野外音楽フェスのリスク評価をするのは難しいですが、愛知県内全体の感染に比べて特に問題視するようなことではない、というのが自分の印象です。もっと定量的な評価は愛知県や国がしっかり行う必要があると思います。(感染拡大自体を自分は問題視しているので、波物語が感染防止対策を徹底しなかったのは問題視されるべきだが、波物語だけを攻撃するのは違うのではないか、ということです。)

計算間違いや、より定量的な評価方法などがあれば、ご指摘ください。