今さら放射線管理区域がどうこうと騒いでいるが…

僕が原発事故で最も印象的だったことは、行政から公表された数値を読解する能力が、日本の大手報道機関には欠如しているという事実です。もちろん、報道機関は報道機関であって研究機関ではないですし、曲がりなりにも物理学で博士号を持つ僕が、「日本のマスコミ分かってねーなぁ」と文句垂れるのは簡単です。

けれど、もうちょっと報道機関にグラフ描いたり計算できる人間が揃っていても良いのではないだろうか。大学院重点化というのは、科学の専門家を色々な分野に送り出すための布石だったのではないのか。そういうことを繰り返し感じた 40 日間でした*1

以下、いくつかの例を*2

1. 放射線量の変化のグラフ

初期の頃から、放射線量の測定値は東京電力や自治体、文部科学省によって公表されてきました。しかし、公表された毎時の線量を単発で報道するのみで、誰もその増減がどうなっているかなんて報じることはありませんでした。さらには、毎時の線量を胸部 X 線と比較して安全性の喧伝を繰り返すのみ。これには不満を持った新聞読者や TV 視聴者も多かったに違いありません。

僕やその周辺の物理屋さんは、3/15 あたりから放射線量のデータ収集を始めて可視化を開始しました。僕が最初に手をつけたのも 3/15 からで、@bunogeto さんや @h_okumura さんらの活動に乗っかる形でした。なんでこんな事を始めたかを正直に書くと、単に親戚が福島県に住んでいるからです。理由はともかく、放射線量の変化を目で見るというのは重要で、原発の状況は悪化して放射性物質の大量放出を続けているのか、それとも安定化しつつあり、放射線量の変化は半減期で説明がつくのか、そういうことを雄弁に物語ってくれるわけです。

東京電力の測定に加えて、福島県茨城県も県内数箇所の測定を公表していたため、僕はこれをまとめて継続的に放射線量のモニターを始めました。


▲ 一般公開した放射線量モニター。詳細は放射線量率モニター更新中 (検索用キー:放射能) を参照。

これって、本当は政府や福島県がやるべきなんですが、何故やらないんでしょうね*3。もしやらないのであれば、報道機関が率先してやるものだと思うのですが、国内ではそれも適いませんでした。僕の知る限りでは、New York Times が日本時間の 3/17 にグラフを公開したのが、海外メディアでは早いほうだったのではないでしょうか。

2. 浪江町飯舘村

原発の北西方向 (浪江町の西部や飯舘村の南部) への汚染が報道で騒ぎ立てられるようになったのは、3/25 とかその頃だと思います。この地域の汚染が明るみになったのは相当早く 3/17 の文科省の測定でした。しかし「浪江町は避難したほうが良いのでは」という声が報道機関から出てくることはありませんでした。もちろん、報道機関が避難指示を出すのではなく、それは行政の仕事ですから、別に彼らに責任はありません。しかし、どうせ 1 週間以上経ってから騒ぎ出すのであれば、当初から政府の公開したデータをもっと読み解いて欲しいものです。ここらへんの話の流れは、原発の対応について、僕が政府をそれほど疑っていない理由という別記事に詳しく書きました。

3/17 の時点で僕は浪江町の汚染をかなり問題視していたのですが、一介の民間人が「浪江町の人はすぐ逃げてー!」と声を出すべきか悩みました。そうこうしているうちに、朝日の記事で 3/18 に報道されたため、僕がどうこう動く必要はないなと判断しました。

しかし、僕が twitter で書いたほどの心配をする報道機関はその後すぐには現れず、結局、浪江町は独自に全域避難という判断をしたのでした。政府は確かに後手後手かもしれないですが、その発表を伝える報道機関もえらい行動が遅い。もうちょっと公開データを素早く咀嚼して、それを国民へ分かりやすい形で伝える能力を報道機関が有している必要があるのではないでしょうか。

3. 年間被曝量と放射線管理区域

避難区域を 20 km から拡大するという話が出てきた後、次の関心事は他の地域でも安心して暮らせるのかという事でした。この話題が出てきたのは、4 月中旬くらいでしょうか。他の地域というのは、避難区域の外側で、年間の積算被曝量が 10 mSv 程度に達しうる地域のことです。結論から言うと、それちょっとまずいでしょ、という話。

3 月の短期的な問題でドタバタしている時に、中長期的な話をしてもしょうがないのかもしれませんが、これだってとっくに問題として分かっていたんです。これは僕の 3/23 の tweet です。

この頃、福島市でさえ放射線量が 5 μSv/h くらいありました。放射線量の測定に加えて、その成分の 1〜10% 程度が半減期 30 年の Cs 137 であるということも、KEK の測定なんかで分かりつつありました。ということは、福島市より数倍程度高い放射線量の地域では、0.5 μSv/h 程度が長期にわたり継続するということです。0.5 μSv/h が 3 ヶ月間継続すると、約 1 mSv になります。一方で、日本の法律で定められている放射線管理区域が 3 ヶ月で 1.3 mSv の場所なので、この数値を超えるような場所はいくらでも出てくるということです。法律をそのまま適用すると、居住不可能な地域がボコボコ出てきます。

これって単純な算数で原発周辺地域の今後を概算できるのですが、TV や新聞が 3 月に報じることはありませんでした。別に報じる義務はありませんし、僕以外の国民の興味が何なのかも知りません。でも、将来の見通しがどうなのか知りたい層ってのは少なからず存在すると思うんです。けどそういう話が出てこない。「直ちに健康に影響はない」という発表を右から左に垂れ流すだけ。

4. 日本の報道はこうであって欲しい

以上、3 つの例を挙げて僕の不満をダラダラと書きました。要は、独自にデータ収集と解析と計算をやって、政府発表のコピペに終わらない、国民の欲しがっている情報を報道機関が伝えろ、というのが僕の文句です。決して簡単な作業ではないかもしれませんが、専門家にしかできない特殊な作業というわけでもありません。実際、twitter を眺めていると、物理屋じゃない方だって様々な分析や解析をされています。

こういう情報を自分のものにしなくては、記者会見でも鋭い質問なんてできないでしょう。例えば「浪江町飯舘村の避難状況はどうなっているのか」なんて質問も、政府発表のデータをちゃんと見ていれば 3/20 頃には出てくるはずです。

大学院の博士課程まで進んでも、新聞社や TV 局に就職したいという人は周りにほどんどいませんでした。もっと理系の博士が色んな分野に進出しないと、やっぱり駄目ですね。じゃあ、おまえがやれよと言われると、自分は研究職に残りたいと思うのでなかなか難しいところではあるんですが。

*1:もちろん全ての報道を追っているわけではないですし、僕の目に触れることはなかったものの、真のジャーナリズムを追求している人々もきっといるのでしょう。そういう人たちがいるとして、十把一からげに批判するつもりは毛頭ありません。「あそこの新聞は、あそこの局は良かった」というのがあれば是非教えて頂きたい。

*2:ここに挙げる例は、原発放射線医学の専門家でなくても、比較的単純な作業 (計算 + 作図) で分かる事柄を取り上げています。本当に専門的なことまで報道機関が独自にやるべきとは思っていません。

*3:最近は自治体や報道関係もやり始めた。