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海外学振を含む、研究者の長期海外出張中の納税義務

学振 アカポス

素人情報ですが、素人なりにイギリスとドイツの税理士に相談した内容に基づいています。2015 年 2 月時点での情報です。税に関する決めごとは更新頻度が高いので、最新情報は各自で調べて下さい。また「研究者」と言っても、国家公務員の場合は扱いが異なります。間違いのご指摘大歓迎です。

日本から支払われる出張手当が所得税の課税対象外と勘違いしていませんか?

日本の所得税法上、出張手当は所得税の課税対象外です。従って日本の研究機関に在席する研究者が国内もしくは海外出張を行う場合、支払われる宿泊費や日当に所得税はかかりません。これは出張経験者であれば経験的に知っていると思いますが、大学から振り込まれる日当に源泉徴収はありませんし、確定申告をする必要もありません。

ただし、これは税法上、日本の居住者扱いである場合に限ります。日本の居住者であるかどうかは年間 1 年以上引き続き日本国内に住むかどうか、住所を有するかによって判定されます。したがって、出張期間が 1 年間を超える場合は住民票を残していたとしても日本で非居住者扱いとなり、滞在国での納税義務が生じると言えます。

ただし、居住者の判定方法は国によって異なり、例えばイギリスやドイツでは183 日以上 (365 日の半分) をどこで生活の拠点にしているかによって居住者かどうかが決定されます。したがって、滞在国によっては日本と滞在国の双方で居住者扱いされる場合が存在し、このような時にどちらの国で課税されるかは以下に述べる租税条約内の取り決めによります。

例えばもし日本の家を引き払ったり住民票を抜いた状態でイギリスの研究機関へ海外出張で年間半年以上滞在する場合や、海外学振の特別研究員として海外の研究機関に 2 年間丸々在席する場合などは、その人は滞在国で税法上の居住者 (英語だと resident であり、citizen とは異なる) になり、滞在国での所得税納税義務が発生します。厳密には滞在国によって法律が異なるのですが、日本人研究者が研究目的で滞在する多くの国と日本政府は条約を結んでいます。日米租税条約、日英租税条約、日独租税条約といったものがそれです。これら租税条約は二国間の両方で課税されるという憂き目に遭うのを回避するのがひとつの目的であり、またより重要なのは両国ともに納税を回避され「課税の空白」が生じるのを防ぐことです。

この居住国の決定ですが、「恒久的住居」、「利害関係の中心的場所」、「常用の住居」そして「国籍」の順に考えて、どちらの国の「居住者」となるかを決めます。したがって日本に持ち家や借家があって住民票もそのままであれば、1 年以内の出張の場合は日本で納税義務が発生すると思われます。

さて、出張手当は日本の税制上課税対象外と書きましたが、租税条約の締結相手国では課税対象となる場合がほとんどです。少なくとも英独では課税対象となっています (ただし、ホテル代など出張にかかる費用として支払った額は控除される)。したがって日本以外の国の居住者となる場合は、日本の大学や日本学術振興会から出張手当を受け取っていても、それは滞在国で課税対象になります。またもちろん、滞在国で納税義務がある場合は日本での給与にも課税されます。

「日本学術振興会 海外特別研究員 遵守事項及び諸手続の手引」という冊子には実際、以下の注意書きがあります。

(3)滞在費・研究活動費への課税について
海外特別研究員は,派遣期間中は日本国内の非居住者となること,ならびに滞在費・研究活動費は旅費として支給されることから,日本国内では課税の対象外となります。ただし,派遣国に おいて課税される場合があるため,各自において確認し、必要な手続を行うようにしてください。

「各自において確認し」と簡単に書かれていますが、これは結構骨の折れる作業です。民間企業の駐在員と違い、滞在先での確定申告まで大学や日本学術振興会は面倒を見てくれません。現地で税法をちゃんと自己調査するか、現地の税理士に相談する必要があります。

日本の給料で源泉徴収されている場合

日本の研究機関から長期出張で海外に滞在する場合、相手国の居住者扱いなっているにも関わらず、日本の給料から所得税源泉徴収されている場合があると思います。この日本の所得税は、支払う必要のない税金です。代わりに滞在国で税金を納めて下さい。「日本で所得税が天引きされているから滞在国では払わなくていいんじゃないの?」と思うかもしれませんが、支払い義務のない日本の税金を納め、さらに滞在国で脱税をしているだけです。

日本の居住者扱いでないのに所得税が天引きされた場合、税務署に後日還付申請をすることができます。もし天引きされないようにしたい場合は、源泉徴収義務を免除することができるので、日本の所属研究機関に相談しましょう。日本学術振興会の特別研究員 PD が長期出張する場合も同様です。

二年間の滞在であれば、所得税の支払い義務がないって本当?

嘘です。恐らく、古い租税条約に基づいた古い情報がネットに残っているだけです。日米租税条約や日英租税条約では、「教授条項」と呼ばれる特別な規定がありました。この規定では、二年間を超えない期間、研究や教育を目的とした滞在者は租税が免除されるという我々には嬉しいものでした。しかしこの「教授条項」は現在の多くの租税条約で消滅しており、日英、日独、日瑞などの租税条約から取り除かれ、日米租税条約では条件が厳しくなりました (さらに近日中には教授条項の完全削除された新条約が批准される予定です) ので、相手国の居住者となるような滞在をする人は課税対象です。「教授条項」なる研究者のみが喜ぶ仕組みはもう存在しないと思ってください。我々は通常の労働者と税法上も区別ありません。詳しくは、「租税条約 教授条項」などで検索してください。

欧米の税金は高い?

海外に住むと日本人が感じることのひとつに、所得税や消費税 (もしくは付加価値税) が高いというのが挙げられます。しかしイギリスでは所得税の中に保険料などが含まれています。一方、ドイツのように国によっては日本の住民税に相当するものが存在しなかったりする場合もあるので、所得税率だけでは日本の税額と比較できません。そのため、納税額がどれくらいなのかを出国前にちゃんと把握しておかないと、可処分所得の計算が色々と狂うことになります。

例えば海外学振でイギリスに派遣される場合、年間の出張手当は 525 万 6000 円 (約 £28,500、2015/2/24 現在)です。これを勘違いして所得税がかからないと思っていると、学振 PD よりは給料が良いように感じますが、決してそうではありません。日本であれば控除が約 100 万円、年金や保険で年間 40 万円程度がさらに控除だとして、年間所得税は 35 万円くらいです。

一方で、イギリスだと £10,000 のみが控除で、いきなり税率が 20% かかるので、68 万円くらいが税金になります。ただし、保険や年金はここに含まれるので、実質日本と同じ程度の額でしょうか。ただ日本と変わらないと言っても、海外学振採用時にこの税額もちゃんと計算に入れておかないと、大幅に計算が狂うでしょう。現地での家財道具の調達、引越しにかかる自己負担費用など考えると、海外学振の給与は決して高くはないのです。

社会保障協定

租税条約と別に、社会保障 (医療保険や年金) に関する二国間の取り決めというのもあります。例えば日英社会保障協定であったり、日独社会保障協定だったりです。これは社会保険料の二重払いを回避するための仕組みで、基本的には納税者を守るためのものだと思います。

例えば日本の国立大学で雇用されているのに長期海外出張する場合、出張者は日本の給料から文科省共済にかかる金額を天引きされているはずです。これは医療保険 (短期共済) と年金 (長期共済) に分かれますが、このうち後者の支払いを滞在国で免除することができます。これを現地での確定申告のときに適用するには、原則として出張開始前に、「日独社会保障協定の適用証明書」などを共済組合から発行してもらう必要があります。

半年以上の長期出張をする人へ

もし滞在国の居住者扱いとなり納税義務が相手国で発生する可能性がある場合、まずは所属する日本の研究機関の事務や、日本の税務署の担当者に相談してみましょう。この時点では相談費用が発生しませんし、日本の税務署は非常に丁寧に答えてくれます。ただし、税務署が滞在国との租税条約や滞在国の税制をちゃんと理解しているとは限りません。

もし滞在国で納税義務が発生する (可能性が高い) ようであれば、現地の税理士にちゃんと相談して納税をちゃんとしましょう。イギリスの某税理士事務所は、個人の確定申告の費用は税込 £480 でした。ドイツの某事務所は税抜き €400 でした。ただしこれは確定申告にかかる費用であり、初回相談は無料でした (納税義務があるかどうかの判定は、この初回相談で解決できると思います)。まともに確定申告 (tax return) をやろうと思うと、それだけで丸一週間は時間を潰します。そして時間を潰しても素人では自分の結論に確信が持てません。税理士に相談したほうが、時間的にも精神的にも得だと思います。

控除

一口に税金がかかると言っても、税率が国ごとで異なるのはもちろんのこと、控除対象がどれだけ存在するか、特に出張中は何が経費として認定されるのかというのは国ごとによって違います。例えばイギリスの場合、日本と違って扶養控除はありません。また海外出張で必要となった引越し代金などは控除の対象となるので、例えば税率 20% で引越し代金が 10 万円かかったとしたら、2 万円の所得税は支払う必要がないことになります。

これら計算は複雑です。具体的にイギリスやドイツへの出張でどう計算したかは、そのうち書こうと思います。