学生向けの電子メール書き方入門

LINE 等のやり取りに慣れた最近の学生は、昔からある電子メールに、逆に馴染みがないという場合が増えました。どのような場合に電子メールを使えば良いか、またどのように書けばいいかが入進学の時点で分からないと思いますので、まとめます。

1. なぜ電子メールを使うのか

  • 大学ではほぼ全員が使っているから
  • 通信プロトコルが公開されているため、特定の企業に独占されないから(LINE/Slack/Teams/WhatsApp/Discord/Messenger/Messages などは互いにやり取りが出来ない)
  • 大学などに所属している限り、通常は十分な大きさのメールボックスが与えられため、特定のソフトウェアの有料プランに入らなくても、過去のやり取りやデータをほぼ制限なく保存できるから
  • メールサーバー上だけでなく、データ保存が自分の使う計算機上でも行われるため、データ消滅の可能性が低いから
  • 複数のアカウントもしくはエイリアスを作ることができ、用途に応じて使い分けられるから
  • 1 名から数千名(会ったこともない人)相手に同時に情報を送ることができるから
  • 研究者相手であれば、連絡先の電子メールアドレスが公開されているのでいちいち連絡先を交換しなくて良いから
  • 大学で与えられるメールアドレスは ac.jp ドメインで終わることが多く、公的な身元を保証しやすいから
  • 逆に LINE などの私的な情報を他人に教えなくて良いから
  • 多くのメールクライアントでは、メールの返信ごとに自動的にスレッドが作られ、またメッセージに件名を使用することが普通であるため、「あのやり取りどこに行ったっけ?」という事態が起きにくいから
  • 単体のメッセージに添付ファイルを多数つけられるから

2. 電子メールの不便な点

  • スパムメールや詐欺メールが届く(特にメールアドレスを対外的に公開している場合)
  • 頻繁にメールを確認しない人も多いため、即時性に欠ける場合がある
  • 宛先を打ち間違えると機密情報などを第三者に漏洩させる恐れがある
  • 20 年前くらいから「添付ファイルは数 MB 程度に抑えましょう」というマナーの上限があまり変わっていない
  • Slack の好きな研究者とのやり取りに困る
  • 自分に関係のない用件のメッセージが大学から頻繁に届き、重要な用件が埋もれる場合がある
  • 大学を卒業すると、せっかく使っていたメールアドレスがすぐに消滅する(名古屋大学のように、卒業後も使えるメールアドレスを配布している大学もある)

3. 電子メール関係の用語

  • 件名(Subject):電子メールのメッセージごとにつける題。
  • 本文(Body):メッセージの中身の文章部分のこと。
  • 添付ファイル:本文とは別に、メッセージに含まれるファイルのこと。
  • To:電子メールの送信先アドレスのこと(つまり相手)。
  • From:電子メールの送信元アドレスのこと(つまり自分)。
  • Carbon Copy(Cc):To 以外に含める送信先アドレスで、同一のメッセージが To にも Cc にも同時送信される。
  • Blind Carbon Copy(Bcc:Cc と同様だが、To や Cc の人には Bcc の宛先は表示されない(つまり秘密裏に同内容を他の人に送れる)。
  • Reply-To:返信先に使われるメールアドレス。送信元アドレスと一致していない場合がある。例えばメーリングリストに届いたメッセージに返信しようとすると、送信者ではなくメーリングリストに返信して、私的な情報を 1000 人に送りつけるなどの「誤爆」があるので注意。
  • メーリングリスト(Mailing List、ML):特定のメールアドレスに送ると、そこに登録している複数人にメッセージが同時送信される。
  • 署名(Signature):本文末尾につける、メッセージ送信者の氏名、所属、連絡先などを記した数行の文。
  • 返信(Reply):メッセージを送った相手に新たなメッセージを返信すること。このとき元の件名が「レポート提出について」であれば、返信の件名は自動的に「Re: レポート提出について」となることが多い。それ以降の返信も「Re:レポート提出について」となる場合が多いが、一部のメールソフトでは「Re: Re: レポート提出について」となる場合もある。
  • 引用(Quote):返信時に、元のメッセージの内容を全部もしくは一部を含めること。
  • 文字化け:異なる OS 間ではやり取りできない特殊文字を本文中に使い、相手先でその文字が読めなくなること。
  • メールクライアント(Mail Client):電子メールの送受信をするためのソフトウェアのこと。Apple Mail、ThunderbirdMicrosoft Outlook など。

4. 電子メールの書き方(全般的な注意)

4.1 件名をつける

新規にメッセージを作成する場合、必ず本文を一言で表す件名をつけてください。「お願い」のように、何のお願いなのか分からない件名は控えましょう。また空欄のまま送信するのも絶対にやめてください。

また、日付などが入っていると親切な場合があります。ただし何十文字も詳しく書きすぎると、相手先で一部非表示になる場合があるため、短くまとめましょう。

大急ぎで返信が欲しい場合には、「【至急】」などを先頭につける場合があります。ただし、目上の人に使ったり、自分がお願いする立場の場合は失礼と取られる場合があるので気をつけてください。

例:

  • 「期末試験日程の確認」
  • 「XX 研究会の開催について(5/28)」
  • 「【至急】履修登録の最終確認(6/5 締切)」
4.2 宛名をつける

電子メールは To 欄にメールアドレスさえ入力すれば、その人にメッセージが届きます。ただし、複数人が To や Cc に入っている場合、誰を主たる対象読者として想定しているのかが分かりづらい場合がありますので、宛名を書き出しにつけるようにしましょう。宛名を読んだときに自分の名前が書かれていたり、また該当する宛名であると感じると、相手もちゃんと読むようになります。

例:

  • 「XX 先生」
  • 「YY 様」
  • 「理学系教員の皆様」
  • 「AA 株式会社 ZZ 様」
  • 「AA 株式会社御中」(どの部署が適切か分からない場合)
  • 「AA 株式会社 営業ご担当者様」(担当者名が分からない場合)
  • 「XX 様、Cc YY 様」(XX さんを To、YY さんを Cc に入れる場合)
4.3 名乗る

特に近い関係(友人同士、研究室内)の場合を除いて、宛名の直後に名乗るようにしましょう。誰から届いたメッセージか分からないと、本文を読んでも文脈を掴めない場合があるからです。学生と科目担当教員のやり取りであれば学籍番号を、学内同士のやり取りであれば研究室名を、大学外とのやり取りであれば大学名をつけることが多いと思います。

例:

  • 「物理実験学を履修している学籍番号 06234298 の奥村曉です。」(同じ姓の人がいる可能性があるので下の名前も)
  • 「CR 研の奥村です。」
  • 「宇宙地球環境研究所の奥村です。」
  • 名古屋大学の奥村です。」
4.4 本文

できる限り用件を先に書くようにしましょう。長い文章は誰も読みたくなく、また用件がどこに書かれているか探す作業もしたくないからです。詳細な説明を書く必要がある場合もありますが、それはできる限り後ろに回しましょう。

また、報告なのか、相談なのか、質問なのか、お願いなのか、一体なんだか分からない文章を書くのはやめましょう。複数の質問がある場合は、例えば「XX について 2 点質問させてください」のように、いくつあるのか明示するのも効果的です。

4.5 使用する文字
  • 絵文字は使わない。
  • 文字コード」と言われて意味がパッと分からない場合、いわゆる「機種依存文字」の使用は避ける(① や㍿ など)。場合によって相手先で文字化けする。
  • ただし自分の使用している文字コードUTF-8 になっているという確信が持て、なおかつ機種依存文字の使用が相手とのやり取りをより効率的にするのであれば、機種依存文字を使用しても構わない。
4.6 返信をする

LINE で「既読」と表示されるような機能が、電子メールにはありません(あるにはあるのですが、一般的に使用されていません)。また多数のメッセージに埋もれてしまい読み落とすということもありますので、それで逆に相手の手を煩わせない限り、メールを読んだ、指示を理解した、対応に感謝している、などを相手に伝えましょう。

5. 電子メールの書き方の例

5.1 学生から講義関係で大学教員に送る場合

大学教員は毎年多数の学生とやり取りするため、名乗ってもらわないと、また学籍番号を記載してもらわないと成績に反映させる作業が非常に面倒です。また教員は多数の電子メールを処理するため、メールの本文で意図の読みきれないものや、件名の書かれていないものは対応しきれません。

  • 必ず件名をつけること
  • 氏名と学籍番号を書くこと
  • 用件が何かを明確にすること(最悪の例「レポートが間に合いそうにないのですが。」)
  • 「奥村様」でも「奥村先生」でも「奥村さん」でも、物理系はなんでもいい。分野によっては「さん」や「様」で怒る人がいるので注意。雰囲気がよく分からなければ「先生」が無難。
  • 「お世話になっております」や「お忙しいところ失礼します」は物理系は不要。特に前者は「お世話しているつもりはない」と感じる。お願いごとをするときなどは、後者はあっても良い。

例:

件名:課題提出締切の延長のお願い

奥村先生

物理実験学を履修している学籍番号 XXXX の名大太郎です。

6/10 提出締め切りの課題ですが、身内に不幸があったため現時点で提出できる見込みがありません。私的な理由で申し訳ございませんが、もしで可能であれば締め切りを 6/14 に伸ばしていただけないでしょうか。

名大太郎

この例文だともっと色々と追加したい人もいるかもしれませんが、メールが丁寧かどうかでこの手の教員側の判断は変わりませんので、失礼でさえなければ十分だと思います(自分が受信する立場であれば)。

5.2 学生から研究室訪問の依頼を大学教員に送る場合

普通の研究室は、研究室訪問を随時受け付けています。またメールアドレスを公開しているということは、メッセージを送りつけて良いということです。

  • 教員は忙しいので時間調整がすぐにできることを期待しないこと
  • 教員は返信し忘れる場合があるので、返信がなければ再送しても失礼ではない
  • それでも返信がない、もしくはある程度の礼節を弁えたと自分で思っているメッセージに憤慨するような教員であれば、そんな研究室は行かない方が良い
  • その研究室を訪問するにあたり、何に興味があるのかを先に伝えておくと良い(その研究をやっている院生の時間調整をしたりもしてくれる)
  • 訪問可能な日程を複数提示し、そこから選んでもらうとやり取りが短く済む(ただしそれで怒る人もいるらしい)
  • 名乗る(特に他大学の場合は、所属研究室がどこかも伝えると話が弾みやすい)

例:

件名:研究室訪問のお願い(東大:名大太郎)

奥村先生

東京大学物理学科 4 年の名大太郎です。CR 研究室での研究に興味を持ち、研究室訪問ができないかと思いメールをお送りします。

現在は東京大学の XX 研究室で YY の卒研を行なっているのですが、大学院からは ZZ やその周辺分野の研究をしたいと考えています。名古屋大学の大学院受験にあたり、事前の研究室訪問と、もし可能であれば大学院生の方ともお話しできればと思います。

こちらからの日程の提示になり恐縮ですが、以下の候補であれば講義がないため研究室にお伺いすることが可能です。ご多忙とは存じますが、もし以下日程候補で可能なものがあれば、お知らせいただけないでしょうか。

候補 1:…
候補 2:…
候補 3:…

もし上記日程で難しい場合、ご都合の良い日程をご教示いただけると大変助かります。


名大太郎

これも人によってはもっと書くことがあるかもしれませんが、まあこれで十分だと思います。

5.3 研究関係のやり取り

既知の学生同士、もしくは研究者相手の議論などの場合、論点をはっきりさせることが重要です。

  • 箇条書きを効果的に使うこと
  • 長文になる場合、本文に構造を持たせて可読性を高めること
  • 用件が何なのかをはっきりさせること
  • 議論や報告と質問を切り分けて書くこと

例:

件名:測定結果の報告と質問

奥村様

名大太郎です。先日議論させていただいた測定の結果が出ましたので、その報告と、実験結果の解釈について 3 点質問があります。報告資料は添付ファイルの通りです。

■ 実験結果
□ 線形性の測定
添付スライド 1 ページ目にある通り、…

□ 時間安定性の評価

■ 質問

Q1. 3 ページ目の測定を見ると、先行研究と違う結果が得られました。これは…

Q2. …

Q3. …

以上、よろしくお願いいたします。

名大太郎

6. Cc と Bcc の使い方

基本的にはメッセージ送信時に相手のメールアドレスを To 欄に入れます。ただし、本文をちゃんと読んでもらう必要はないが、記録として他の人にも同時送信しておきたい場合があります。この時に使用するのが Cc 欄です。

例:

  • 研究費の使用許可と財源の指定を既に指導教員から口頭で貰っており、大学事務と学生とのやり取りで指導教員を Cc に入れる。
  • ゼミの連絡を回す際に、毎回出席すると宣言している修士学生には To 欄を使い、時間があれば出ると言っている博士学生は Cc に入れる。
  • 他大学の共同研究者や企業とやり取りするとき、指導教員を Cc に入れる。

Cc の使用は、自分を守るためにも使えると思っておいてください。「聞いていない」に対して、「ちゃんと Cc しましたよね」と言い返すことができます。

また Bcc は使いどころが分からないかもしれませんが、同じ情報を他の人に伝えつつ、その行為を秘密にしたい場合、もしくは宛先を秘匿したい場合に使います。

例:

  • ハラスメントの加害者に注意をするとき、被害者を Bcc に入れる。
  • なんらかの苦情を A と B の 2 名から C に送るとき、A と B が連携していないかのように C に見せるため、A と B は互いに Bcc を使う。
  • メールアドレスを互いに知らない複数の相手に対して、一斉に同内容のメッセージを送る。例えば研究会の連絡を参加者全員に通知する場合。これは個人のメールアドレスという情報を、他人に勝手に漏らさないという原則に基づく。

ただし、From: A → To: B、Cc: C、Bcc: D で送信した場合、B や C は D に送信しているということが一切分かりませんので、B や C が A に対して返信を行うと、D にはその返信が届きません。

7. その他の細かい注意点

  • 何時に送信しようが「夜分遅くに失礼します。」は不要。寝ている時間に受信音が鳴る設定になっているのであれば、それは受信側の問題であって、送信側は気にする必要はない。また送受信の際に世界中のどこにいるかも知ったことではない。
  • 添付ファイルはせいぜい合計 5 MB 程度に抑える。大きくなる場合、外部サービス(DropboxGoogle Drive など)を使ってアップロードし、そのリンクを送る。
  • Cc に入っている人も含め、原則は全員に返信をする。元のメールは何らかの意図が Cc を使用している。「返信(Reply)」ではなく、「全員に返信(Reply All)」の機能をいつも使う癖をつける。前者は送信者にしか返信せず、後者は他の To や Cc の全員を含めて返信する。
  • 「Teams のファイルのところにアップロードしました」などではなく、ちゃんとリンクを貼り付ける。
  • 使用しているメールクライアントで送信者名を設定する。これをしないと、送信元が電子メールアドレスのみの表示となり、誰から届いたのか分からない。
  • 誰かに新規用件でメール送信をする場合、過去のやり取りに返信する形でメッセージ作成をしない。この場合、件名を変更してもメールクライアントが同一スレッドにまとめてしまう(ヘッダーにどのメッセージに返信したかの情報が書き込まれるため)。
  • 件名にだけ用件を書き、本文には「表題の件について」とだけ書くことを避ける。読み手は件名を読み返さないといけなくなる。(これは名大の事務の謎文化で本当にやめてほしい。)

出張の日当と食事代の話

(旅費について、何か認識の間違いがあれば教えてください。)


先日こういう話を見かけました。

「学会の懇親会費は経費で払えるべき」という主張には基本的に同意できます。会議の最中やその休憩時間に海外の研究者と議論をするだけでは時間が足りず、懇親会で議論を続けたり、また顔に馴染みのない研究者を紹介されて研究者間の海外ネットワークの拡大につながる場合が多いからです。そこから共同研究につながることもあるでしょうし、助言をもらったり研究の相談をすることもできます。院生であれば留学やポスドクの話を聞くこともできるでしょう。

人によっては「そんなもの懇親会でなくても可能だろう」という主張もあると思いますが、多くの人は雑談を交えながら様々な方向の話に膨らませるほうが楽なようで、また「留学について聞きたい」のような特定の話題を決めてかからずに雑談をすることで、思いがけない情報や人の紹介につながるようです。

一方で、多くの海外出張は税金が原資になっていますので、どこまでの金額を懇親会費として許容するかは意見が分かれるのではないかと思います。過度に豪華な食事や酒の提供がある場合に、出資者たる国民の理解が得られるかは難しいと思います。小さいレストランで開かられる小規模の懇親会や立食のものもあれば(日本円で 5000 円程度)、大きな会場を借り切ってテーブルに給仕してもらえるもの(1.5〜2 万円程度)まで様々です。この金額を高いと観るかどうか、それとも研究をさらに進めるために必要な投資と感じるかどうか、単純な答えを出すのは難しいでしょう。

さて、「世界中からの笑い物」や「これほんと恥ずかしい」というのはどうでしょうか。日本人研究者の個人個人がそのように感じるのは止めようがありませんが、日本の多くの大学では規則がそのようになっているので仕方がありません。日本で国際会議の運営する場合も「所属大学がこのような規則なのでこういう書類を出してほしい」という海外研究者の要望に応えることは多く、何かそれを笑い物にしたりする日本人運営者はいないのではないでしょうか。「大学にこんな書類を出さなきゃいけないんだよ」と笑い話として海外の研究者に言う場合はあるでしょうが、それは日本の大学の規則を笑ってくれとこちらが意図するから相手も笑うのであって、「所属大学の規則で XX という書類が必要なので、お手数ですが発行してもらえますか」と運営に依頼すれば、特に笑い物にされることもないでしょうし、なんら羞恥心を持つ必要もないでしょう。単に業務依頼をしただけで笑い物にする海外研究者がいるのであれば、おかしいのは日本の仕組みではなくその人でしょう。

日本の税制における旅費という概念は、欧米主要国とは少し異なります。これは出張が大変だからその分の給料を上乗せしておくねという給与ではなく、あくまで経費という扱いです。そのため所得税が発生しません。大学事務に不満を持つ場合があるのもよく理解できますが、単に大学事務を揶揄するのではなく、この旅費についてまず理解しておくのが、院生や若手研究者には大切だと思います。その上で、必要に応じて学内規則の要望の提言をするのが最善でしょう。他大学の事例を紹介するのも効果的かもしれません。

日本の大学における旅費は主に日当・宿泊費・交通費に分類されます。このうち日当と宿泊費は固定金額が支払われる事が多く、安い宿に泊まろうが高い宿に泊まろうが関係ありません(大学ごとに細かい運用は違うと思いますが、東大、名大、JAXA はそうでした)。交通費は実費精算ですが、宿から学会会場への移動でバスを使用するなど、市内移動には支給されません。これは原則として会場近くの宿に泊まるというのが合理的であると考えられるからです。

では、この市内移動を自腹を切らないといけないのかというとそうではありません。これを補うのが日当の概念です。また出張先では昼食代が普段よりも高額になることが見込まれますので、昼食代も日当に含まれます(名大では含まれません)。また同様に、宿泊費に夕食代が含まれます(これも名大では含まれません)。

そのような状況で昼食や夕食が無料で提供される、もしくは会議参加費に含まれる場合、これは旅費の二重取りに相当します。したがって旅費からは所得税を取らないという国税の考え方と矛盾を生じることになります。大学法人として納税処理は必ず適正に行う必要がありますから、昼食や夕食の提供があるかどうかの確認というのは重要です。この実費精算せずに渡し切りとなる日当・宿泊費に所得税が発生しないというのは、日本の税制独自のものだと思います。

外国人研究者を国内に招聘した場合に、日当・宿泊費から 20% の源泉徴収が発生するのはそのためです。日本の外では所得として扱われるため、二国間協定などに基づいて源泉徴収をする運用になっています。「源泉徴収するなんておかしい!」と憤る研究者もよく見かけるのですが、そうであれば国内研究者や民間企業で普段支給される旅費についても全て仕組みを再構築する必要があるため、現実的ではありません。自分がイギリスに海外学振で滞在したときは、旅費も含めて所得税を納税しました。

この辺りは、先日大学で教えてもらった所得税関係の話が関連してくると思います。どこまでを「通常必要」とするか次第ですが、食事代の二重支給に相当したり、あまりに豪華な食事代を旅費から支給するのは「通常必要」を逸脱しうるでしょう。

所得税法第9条第1項第4号

第九条 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
四 給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をし、若しくは転任に伴う転居のための旅行をした場合又は就職若しくは退職をした者若しくは死亡による退職をした者の遺族がこれらに伴う転居のための旅行をした場合に、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行について通常必要であると認められるもの

所得税基本通達9-3

9-3 法第9条第1項第4号の規定により非課税とされる金品は、同号に規定する旅行をした者に対して使用者等からその旅行に必要な運賃、宿泊料、移転料等の支出に充てるものとして支給される金品のうち、その旅行の目的、目的地、行路若しくは期間の長短、宿泊の要否、旅行者の職務内容及び地位等からみて、その旅行に通常必要とされる費用の支出に充てられると認められる範囲内の金品をいうのであるが、当該範囲内の金品に該当するかどうかの判定に当たっては、次に掲げる事項を勘案するものとする。(平23課個2-33、課法9-9、課審4-46改正)
(1) その支給額が、その支給をする使用者等の役員及び使用人の全てを通じて適正なバランスが保たれている基準によって計算されたものであるかどうか。
(2) その支給額が、その支給をする使用者等と同業種、同規模の他の使用者等が一般的に支給している金額に照らして相当と認められるものであるかどうか。

日本だけ笑い物になると言いますが、日本の旅費支給方法はある意味で合理的です。例えばドイツの有名研究所に勤務する共同研究者は、最近は市内交通のバスが全て電子決済に切り替わってしまった国や地域も多いため、セルフィーを撮って経理に提出すると言っていました。これは相手が笑い物にしてほしがっていたから自分も笑いましたが、相手が笑い話にしなければ「面倒だけど仕方ないね」で済む話です。

またアメリカの某有名私立大学にいたときは(少し前の話なので今も同じかは分かりません)、食事代が実費精算のため領収書の提出が求められており、ただし事務の人は日本語が読めないため「アキラ、これ読んでくれる?食事代かどうか確認しないといけないから」とアメリカ人研究者が焼き鳥屋でもらった領収書を読み上げるという作業をした事があります。これも当事者同士で笑い話にはしましたが、正当な旅費支給を維持するという観点で必要な作業だと皆理解しています。

食事代を経費で処理できるヨーロッパの某国だと、他人の飲み食いした分まで領収書を持って帰る人もいます。金額は厳しく見られないため、多めに貰うのだそうです。

これら 3 つの国と比較して、日本の実費精算なしの旅費支給は十分に合理的だと自分は思います。

さて、最初の Tweet の流れを受けてか、こういう話も見かけました。ちょっと引用したら「爆笑されます」との捨て台詞でブロックされたのですが、これも何を持って無駄な仕事と言っているのかよく分かりませんが、日本の旅費とは一体どういう性質のものなのかを理解すれば、無駄だとか「海外の研究者…爆笑」なんて話にはならないのではないでしょうか。

論文を剽窃されて 1 年半かけて撤回させた話

剽窃については、こっちの記事を読んでください。
oxon.hatenablog.com

1. 経緯

2021/7/4 にある国際会議のプロシーディングス論文(以降、論文 A)を読んでいたところ、そのイントロに見覚えのある複数の文章を見つけ、さらにページを進めると自分が作った図と全く同じ、ただしその著者がいちから作り直したものが掲載されていました。

この論文 A は自分の査読論文(論文 B、copyright は Elsevier)および国際会議のプロシーディングス(論文 C、copyright 不明、おそらく自分)を引用しており、堂々と論文 B、C の文章と図を剽窃しているのでした。論文 A の著者は自分の全く知らない研究者で、ヨーロッパのある小国の大学のシニア研究者(肩書は教授職ではない)のようです。

自分の所属する研究所や研究部門では毎年「剽窃防止講習会」のようなものを修論を書き始める M2 対象に実施しており、その講師を僕がやっています。そのため、学位論文以外にも自分たちの分野で実際にどのような事例があるかというのを取り上げてみたいという下心もあり、行動に移ることにしました。



2. 問い合わせ前半(単独行動)

2021/7/4 同日

出版社(AIP Publishing)の問い合わせ窓口のウェブフォームから剽窃行為の指摘とそれへの対応を求めました。自動返信メールの類が一切届かなかったのですが、ウェブから送信した後の表示画面のスクショは保存したため、送信に問題はなかったはずです。

2021/7/7

すぐに返事があるだろうと期待していましたが、返事が来ません。

2021/11/24

そのまま通常業務に戻ってほったらかしになっていたのですが、出版社からは一切返事がなかったため、また同じ窓口から問い合わせを送りました。

「数ヶ月前に論文 A の剽窃行為について問い合わせをしたが一切の返信がその後ないので、コンタクト先を教えてくれ」という内容です。help@scitation.org にメールが届くようです。

同日、help@aip.org の Customer Experience Specialist を名乗る担当者から confproc@aip.org を Cc して返信が来ました。主な内容は次の通りです。

We have forwarded your inquiry to our Conference Proceedings Team.

さらに 1 時間後に confproc@aip.org の「Editorial Assistant, Conference Proceedings」を名乗る担当者から主に次の内容のメールが来ました。

Can you please provide a detailed synopsis of this case so that we may begin our investigation?

2021/11/25

詳細を教えろという出版社側からの指示だったため、論文 A の剽窃箇所、論文 B と C の剽窃された箇所をハイライトし、PDF にまとめて返信しました。剽窃箇所は以下の内容です。

  • 論文 B から連続する 2 行相当(2 段組論文)
  • 論文 B から連続する 7 行相当
  • 論文 B から 1 行相当
  • 論文 B から連続する 3 行相当
  • 論文 B から連続する 2 行相当
  • 論文 B から連続する 2 行相当
  • 論文 B から連続する 3 行相当
  • 論文 B から図およびそのキャプション
  • 論文 C から連続する 4 行相当(2 段組論文)
  • 論文 C から連続する 3 行相当
  • 論文 C から 1 行相当
  • 論文 C から連続する 2 行相当
  • 論文 C から連続する 4 行相当

合計すると 2 段組で 33 行相当が少なくとも剽窃されているので、3 分の 1 ページ程度相当と、図ですね。

2021/12/1

同担当者から返信。調査を開始したとのことです。ここまでは順調。

We have opened an investigation into this matter and will update you with our findings as soon as possible.

2021/12/10

論文 A〜C を 1 つの PDF にまとめたものではなく、元のバラバラのものを送るようにとの指示。別にそれで作業は進まないだろうと思いますが、それで調査が止まるのも嫌なので送信しました。

Following up on our previous correspondence, I would like to ask if you could please provide PDFs of articles [2] and [3] (rather than the concatenated single file) to assist us in investigating this case.

2022/1/25

PDF を送り直したものの、それに対する受領のメールも進捗報告もないため、こちらから担当者に状況の問い合わせを送りました。

2022/1/26

同担当者から以下の返信。

AIP Publishing is committed to the integrity of the peer review and publishing of scientific works. Our Journals and Editors are members of the Committee on Publication Ethics (COPE) which provides support and guidance on all aspects of publication ethics. As such, we must follow COPE protocol in handling this case which may take some time, but rest assured that we are working to get this resolved as soon as possible.

どうやら Committee on Publication Ethics(COPE)という組織があるようで、AIP はこのメンバーのためそこの手続きに従う必要があるとのことです。

2022/7/2

時間がかるのは分かりますが、半年が経っても何も音沙汰がないため再び問い合わせをしました。

2022/7/8

返信は一応来ます。

This is to acknowledge that your email has been received and we will get back to you with a response as soon as possible.

2022/9/6

再び沈黙が訪れたたため、また問い合わせをしました。論文 A はある国際会議のプロシーディングスであったため、もしこれ以上返信がないのであれば、その会議の運営側にこちらから連絡を入れると通告しました。

2022/9/17

時間がかかるという返信がまた来ます。

Many thanks for your email; we certainly understand your concerns. Please be assured that this case is currently under investigation. We work as quickly as possible to resolve cases, however, please note that they are sensitive and take time. Therefore, we are unable to provide a timeline for when a particular case will be resolved by. We sincerely appreciate your patience while we investigate and thank you for allowing us the time to review the matter.

3. 問い合わせ後半(エディターを巻き込む)

2023/2/10

どのような状況なのかを AIP に問い合わせ続けても何も状況が分からず進捗報告もないため、論文 A の出版された国際会議プロシーディングスのエディターに問い合わせることにしました。研究業績のしっかりしていると思われる教授 2 名がエディターでした。この時点で、このエディターには既に AIP から連絡が入っていると期待していたのですが、一切の連絡が行っていなかったようです。

2023/2/14

エディターから返信が来ます。しかしなぜかここで、論文 A の著者自身が Cc されます。あくまで著者に対しては匿名で扱われると当然視していたため「匿名にしてくれ」とは一切メールに書かなかったのでこちらの落ち度ではあるのですが、ともかく著者にこちらの名前と動きが漏れます。

このメールには、さらに著者の上司と思われる人たち数名が含まれていました。ちなみに 2 人のエディターも著者やその上司らと同じ大学の所属です。建物も同じらしく、居室も 20 m 離れているだけとのこと。

返信の内容は、確かにこれは多くの文章が剽窃されているので、エディターとして AIP にサポートレターを書くよ、これは科学に対する重大な問題である、というものです。

2023/2/15〜3/10

自分とエディター 2 名のみでのやり取りをしました。著者自身や、その上司から一切の返信がないのは不誠実でありダンマリを決め込もうとしているのだろう、のようなメールがエディターから来たり、AIP もずっとまともな返信をしてこないのは「indefinite postponement is a polite form of rejection.」だと書いてきたり、こちらを支持してくれてるのかどうなのかいまいち分からない文脈でしたが、ともかくエディターから AIP にメールを書いてくれるということになりました。

この際、AIP とのやり取りは全てエディターに送っています。

2023/3/9

エディター 2 名を Cc し、AIP に自分から再びメールを送りました。

1. 状況を知らせよ
2-a. もし AIP がこれを剽窃と認めるのなら論文を撤回せよ
2-b. もし AIP が剽窃だと認めないとしても、論文の改訂が必要であると考えるのならば、著者にそうさせよ
2-c. 何の対応も必要ないと AIP が考えるのならば、その理由を説明せよ

という要求をあらわにメール中に書きました。

2023/3/10

エディターから「we fully support Dr. Okumura」という内容のメールを AIP に送ってもらいました(もっと長いですが)。

2023/3/14

AIP から返信が届き、初めて「internal meetings」の情報が届きます。またこれは穿った見方かもしれませんが、エディターからメールを入れたおかげか、翌週に次回会議が開催されるとのことです。都合よく見えます。

While we are unable to provide a timeline for when a particular case will be resolved by as they are delicate matters, I can confirm that we have made great progress in working towards closing this case.

We hold internal meetings to work on our open investigations, the next of which is to be held next week. We will present the information you kindly supplied below at this meeting and aim to provide you with a status update afterwards.

We sincerely appreciate your patience and understanding throughout this process as we work to adhere to the ethical standards and processes of the Committee on Publication Ethics (COPE), of which AIP Publishing is a member.

2023/3/30

こちらから催促していないのに、初めて AIP から自発的にメールが来ました。エディターを巻き込んだ効果は絶大ですね。剽窃された側からの要求にはろくな対応をしてくれないのにです。

I’m writing to provide you with an update that, due to a postponement, our internal meeting is now to be held this week. After which, we will aim to follow up with you.

2023/3/31

また催促していないのに翌日に AIP から連絡が来ました。Chief Publishing Officer までエスカレートするとのことです。いやいや、Chief Publishing Officer まで上がってすらいなかったんですねという驚きです。

The findings of our investigation are now being escalated to our Chief Publishing Officer for review.

We will provide you with another update when a decision has been finalized.

2023/5/2

ここでまた AIP からの連絡が途絶えてしまっていたので、今度はエディターが AIP に催促のメールを送ってくれました。Chief Publishing Officer が進捗報告を寄越さないのは同じ悪行である、というような内容です。

2023/5/4

AIP から返信です。蕎麦屋の出前のようなメールが続きます。

Our investigation is nearing its conclusion and we will keep you informed of the outcome.

4. 論文撤回、感動のフィナーレへ

2023/5/6

AIP からついに論文撤回の決定のメールが届きました。

I am writing to inform you that as a result of our investigation, we will be retracting the following article: XXX https://doi.org/YYY

I will follow up with you when this retraction has been finalized.

2023/5/11

AIP のウェブサイト上で論文撤回(retract)が公開されました。

This is to inform you that this retraction has been published online.


5. 雑感

2021 年 7 月に問い合わせをし、4 ヶ月の完全放置、2021 年 11 月に再問い合わせをして 2023 年 2 月までこちらに分かるような進捗なし。複数回の問い合わせにもまだ時間がかかるという返事のみでした。ここまで 1 年半を(少なくともこちらから見て)進捗なしで終えました。

AIP Publishing はうちの業界でもプロシーディングスなどで使われている出版社であり大手です。このような出版社が論文剽窃の被害にあった側の申立てに対して十分な対応や状況説明をせず、またプロシーディングスのエディターにすら連絡を入れていなかったというのは驚くのを通り越し、呆れるほかありません。自分が直接関わる仕事であれば、AIP Publishing は二度と絡みたくないと思うのに十分でした。

2023 年 3 月にエディターを巻き込んでもらってから、結局 2 ヶ月で論文撤回に持ち込めました。1 年半の進捗なしとは大違いです。

たまたま論文撤回の最終局面にエディターの登場が重なっただけなのかもしれませんが、その後の AIP からの自発的なメール対応を見ても、エディターを巻き込んだことで事態が進んだと自分は想像しています。偉い人を巻き込むというのは大切ですね。

それと、問い合わせを開始する初期の頃に所属する名古屋大学の研究協力課に「剽窃をされる側になったのだが、名大として何かやることがあるか?」と尋ねたのですが、被害側になった場合は研究者個人で対応してくれとのことで、それが名大所属の論文だろうがなんだろうが、名大としては特に動いてくれないとのことでした。残念なことです。

6. Elsevier の対応(追記)

後から思い出しましたが、2021/11/30 に論文 B の copyright を有する Elsevier にも問い合わせをしています。「AIP には既に連絡済みだが、論文 B の copyright は Elsevier なので何かそちらがやることはあるか」という内容です。このような問い合わせをする直接の窓口が見つからなかったため、著作権等の扱いをしている Elsevier's Permissions Helpdesk というところにウェブフォームから送信しています。

翌日の 2021/12/1 に「Senior Copyrights Coordinator」という担当者から「Ethics Expert Team」に次の短文とともに問い合わせが転送されました。

Would you please assist with the below plagiarism query.

その後 Elsevier からも返信が特にないので 2022/1/25 に状況を尋ねるメールを返信したところ、

This email address is no longer monitored

という自動返信メールが届き、もう面倒くさいので Elsevier はほったらかしにしました。

国際会議のインフラ整備(GitHub Pages、Jekyll、ドメイン、メール)

宇宙線物理学および高エネルギー宇宙物理学の大規模国際会議(1000〜1500 人規模)が 2023 年 7〜8 月に開催されます。その運営業務でウェブサイトの構築(GitHub Pages と Jekyll)、独自ドメイン独自ドメインの電子メール、および一斉メール配信の設定を色々とやったので、その備忘録です。

ドメインの取得

過去の同様の国際会議では .org を取得する(ircr2019.org など)、もしくは開催地の大学のドメインで運用する(icrc2021.desy.de など)の 2 通りが一般的でした。永続性という観点では後者のほうが良いのですが、後者であっても既に消えてしまっているウェブサイトもあるため、結局はそのサイトを記録として維持する気が運営側にあるかどうかで決まります。

「短いほうが格好いいし、デザインの際も楽だろ」ということで icrc2023.org を取得しました。ドメイン取得はそこまで大きな金額ではなく、また携帯電話の料金比較と同じで比較するのに情報を精査するのが面倒な類のものですので、特に思い入れもなく「お名前.com」(GMO)でドメインを取得しました。

3 年分のドメイン登録料:4,180 円(2021 年 3 月契約時の金額)

大学のサーバーではなく独自ドメインを取得して良かったのは以下の点です。

  • icrc2023.org という短い URL へのアクセスを www.icrc2023.org へ転送させられる
  • URL が短いため QR コードが単純なもので済む
  • 先述の通り、ポスターなどのデザインが煩雑にならない
  • コロナ対応の関係で開催地が大阪の民間会場から名古屋大学に変更になったものの、ドメインに開催場所の情報がないため、そこは気にならなかった
  • 問い合わせ窓口をどの大学のメールサーバーで運用するかを考えなくて済む
  • 問い合わせ窓口を複数用意するときに info@icrc2023.org、admin@icrc2023.org のように @ の前を変更するだけで済む(独自ドメインではない場合、icrc2021@desy.de などになる)

さて、ドメインを取っても何も起きません。ウェブサーバーを用意して、メールサーバーを用意して、ようやくそれで https://icrc2023.org を公開できるようになったり、info@icrc2023.org という問い合わせ窓口を用意できるようになります。

独自ドメインでの電子メール運用

基本的な方針として、物理的なサーバーの管理は一切やりたくありません。また大学の用意するサーバーも計画停電があったりするので使用したくありません。加えてサーバー管理なんて自分は最近すっかりやっていませんし(昔は大学院生が研究室のサーバー管理をする文化があった)、現代の知識にも追いついていません。

そうすると当然ですが大学外のサービスを利用することになります。ドメイン取得時に GMO を選択する際は電子メールの運用はちゃんと考えていなかったのですが、後日 GMO の「お名前メールライト」を利用することにしました。

お名前メールライト:242 円/月(1143 円/年)(2023 年 1 月までは 240 円/月)

ただし、ウェブサイト立ち上げ(2021 年 3 月頃、会議本番の 2 年以上前)の時点では管理者と問い合わせ窓口の 2 つ(admin@ と info@)しか使用しておらず、またメールも滅多に届きませんでしたので、初期には月額 110 円のメール転送サービスを使用していました。

お名前メールライトはディスク容量 2 GB しかありませんが、国際会議の問い合わせ窓口では添付ファイルはあまり扱いませんので、これで十分です。お名前メールライトは既に新規受付が終了しており「お名前メールスタンダード」(270 円/月、1260 円/年、20 GB)に移行しているようです。

実行委員会内部でのメーリングリストは東大宇宙線研のメールサーバーを使用しています。お名前メールライトでも作れるはずですが、試していません。

※ 関係する DNS の設定は後述。

最初は問い合わせ窓口ごとにメーリングリストを作ろうかと思ったのですが、担当者を追加する作業が面倒なこと、返信担当者のメールアドレスを表に出したくなかったこと、複数の担当者が入れ替わりながら同じメールアドレスで同じ質問に対応し続けられることなどの点から、info@ のような問い合わせ窓口用のメールアカウントを担当者複数人で共有することにしました。

これであれば IMAP を複数人で同時に見にいけますし、返信を複数人で行えますし、メッセージのスレッドにフラグを立てれば(Apple Mail の機能?)どの問い合わせに対応中か、対応済みかを可視化することもできます。ただし不便な点があって、誰かがメッセージを既読にすると IMAP 共有ですので他の人のクライアントでも既読扱いになってしまいます。そのため、担当者が複数人いる場合に他の担当者が新規受信に気が付きにくいという問題がありました。

メール一斉配信

国際会議では参加者や過去の参加者、もしくは興味のありそうな同業者にいわゆるサーキュラー(circular)というものを送ります。これは会議の開催通知や参加登録締め切りなどの重要事項の通知に使われます。今回の国際会議 ICRC2023 の場合にはおよそ 2000 名にメール配信をするのですが、最近は大学や学会の運営するメーリングリストでは Gmail などで弾かれる事例が頻発しているため(詳細は DKIMSPF などで検索)、メール一斉配信サービスを利用することにしました。

これも同じく GMO のやっている「お名前.com メールマーケティング」というものを契約することにし、最大 3000 人にまで配信可能な「MM3000(12 ヶ月)」を申し込みました。これであれば、DKIMSPF などの送信ドメイン認証で問題の発生する可能性は低いはずです。

メールマーケティング MM3000:21,725 円/年

これはそこそこ金額が行きます。値段の割には使い勝手が悪く英語対応もしておらず設定画面が 10 年前くらいの設計なのですが、メルマガの運営など営利目的で使い続けている人が多いのか、この金額と仕様でも他社と競合しないもんなんですね。

※ 関係する DNS の設定は後述。

ウェブサイト

基本的な要求仕様は、セキュリティ上の問題が長期発生しにくいもの、デザインの無料テーマで使いやすそうなものが無料もしくは低価格で転がっていること、名簿などのテキストファイルの自動整形などが簡単に行えること、公開後にメニューやページの追加などが簡単に行えること、です。

自分の研究室で Jekyll を使っていたこともあり、静的な HTML を生成可能で、かつ GitHub で履歴を辿ることのできる(実際に履歴を辿ることはまずありませんが)Jekyll と GitHub Pages を使用することにしました。一般的には WordPress などの CMS を使うことが多いと思います。しかし例えば International Scientific Program Committee(ISPC)や Local Organizing Committee(LOC)の名簿情報を更新するときに、WordPress の編集画面でテーブルを操作するなんてのは経験上やりたくありません。またページや記事の更新は Emacs でやりたいので、Jekyll のように markdown から静的 HTML を生成するものがありがたいわけです。

静的 HTML の生成という方針にすると(WordPress でもできるはずですが)、長期のセキュリティを気にする必要がなくなります。国際会議が終了しても 20 年程度はそのウェブサイトを記録として維持することもあるわけですし、また後日編集することもあるでしょうから、WordPress のようにログインが必要で、また内部構造を全て把握するのが大変なものは使用するのが躊躇われます。

また、GitHub Pages であれば無料でウェブサイトを公開することも可能であり、Jekyll で作成・編集したファイルを GitHub のレポジトリに commit するだけですぐに公開できます。国際会議の場合はアクセス数は特に大きくないですが、世界中からアクセスしても遅延時間が小さくするためには、やはり大学のサーバーではなく各地に分散しているものが望まれます。

ということで、markdown で書いた記事や YAML で作成したデータファイルを Jekyll で静的 HTML に変換し(GitHub Pages に変換させ)、それを GitHub Pages で公開することにしました。ただしそのままだと github.io のドメインになってしまうため、後述する DNS 設定で www.icrc2023.org で公開するようにしました。

GitHub Pages:無料

さて、肝心の成果物はこれです。
www.icrc2023.org

デザイン関係で利用したのは主に次のものです。

Bootstrap 4:無料
Material Kit 2(Bootstrap テーマ):無料
Adobe Fonts:自分の業務用 Adobe CC に含まれる
tmc のデザイン費用:うん十万円

デザイン会社である tmc に国際会議のロゴと名古屋城などのデザイン製作を依頼しました。ウェブサイトのデザインを tmc が行う場合、通常はデザインをもとにしてウェブ製作会社に仕事が回り WordPress などのテーマを作成してもらうことになります。しかし Jekyll のテーマを作れる業者なんて見つかりませんので、違う方針を取りました。

まず Bootstrap 4 と Material Kit を使用して「構造としてはこんな感じの作りになります」というのを tmc に渡し、それに基づいて tmc がバナーを作成しフォントやウェイト、メニュー部分などで使用する基調色の決定をこちらに指示します。この指示書は Adobe Illustrator で作成されており HTML も CSS も関係ありませんが、それに基づいて自分が Material Kit の CSS や Jekyll の内部構造を修正するという作業を行いました。

HTTP から HTTPS への転送は GitHub Pages の設定から Enforce HTTPS を選べば自動で行われます。また icrc2023.org への www.icrc2023.org への転送も自動で行われます。

DNS レコードの設定

お名前.com の「ドメインDNS 設定」

お名前.com の「DNS レコード設定」のページで以下の内容を登録します。

ホスト名 TYPE TTL VALUE 優先 状態
icrc2023.org NS 86400 01.dnsv.jp 有効
icrc2023.org NS 86400 02.dnsv.jp 有効
icrc2023.org NS 86400 03.dnsv.jp 有効
icrc2023.org NS 86400 04.dnsv.jp 有効
icrc2023.org A 3600 185.199.108.153 有効
icrc2023.org A 3600 185.199.109.153 有効
icrc2023.org A 3600 185.199.110.153 有効
icrc2023.org A 3600 185.199.111.153 有効
form3.icrc2023.org CNAME 3600 form3.maildeliver.jp 有効
redirect3.icrc2023.org CNAME 3600 redirect3.maildeliver.jp 有効
www.icrc2023.org CNAME 3600 icrc2023.github.io 有効
icrc2023.org MX 3600 mx20.gmoserver.jp 10 有効
icrc2023.org TXT 3600 google-site-verification=XXX 有効
icrc2023.org TXT 3600 v=spf1 include:_spf.maildeliver.jp ~all 有効
maildeliver._domainkey.icrc2023.org TXT 3600 v=DKIM1;k=rsa;t=s;p=YYY 有効

なんだかよく分かっていませんが、理解の範囲で(未来の自分に)解説。

最初の 4 つ、0X.dnsv.jp の NS レコードは、そこに行くと icrc2023.org の IP アドレスは何かを教えてくれます。ここはお名前.com のユーザー自身では変更できない設定項目です。

次の 4 つ、185.199.1XX.153 はホスト名と実際の IP アドレスの対応関係ですね。この 185.199.1XX.153 は GitHub Pages の WWW サーバーです。これは GitHub Pages の解説にそう書いてあるので、そう設定しました。例えば www.icrc2023.org に ping を打つとこれらの IP アドレスが応答するようになります。
docs.github.com

GitHub では現在プライベート設定ですが、ICRC2023/icrc2023.github.io というレポジトリを登録しています。
https://github.com/ICRC2023/icrc2023.github.io
外部ドメインを使用しない場合、この中身は https://icrc2023.github.io で公開されます。しかし custom domain の設定を GitHub Pages の設定で www.icrc2023.org で追加しているので、185.199.10X.153 を A レコードに追加することで、この GitHub 管理下の WWW サーバーに接続してくれるようになるわけです。

その次の form3.maildeliver.jp と redirect3.maildeliver.jp の 2 つは、一斉メール配信の配信登録・解除用のページが用意されるサーバーと、メール中のリンクを踏んだかどうかのアクセス解析をするためのリダイレクトサーバーです。前者は新規にメール配信を望む同業者(特に最近大学院生になったような人たち)および配信をもう望まない同業者(研究職を離れてしまったような人たち)に向けて必要です。後者は国際会議だとどうでもいいです。設定はしていますが使っていません。Google Analytics も利用していますが、それを見てどうこうするわけでも一喜一憂するわけでもありません。

そして icrc2023.github.io の行は、www.icrc2023.org の実際の中身は icrc2023.github.io で公開しているからそれを見に行ってねということです。

mx20.gmoserver.jp の行は、icrc2023.org 宛のメールを実際にはどのサーバーに送れば良いかの設定です。icrc2023.org 自体は専用のメールサーバーを物理的に持っているわけではなく、裏では「お名前メールライト」が GMO のサーバーで動いているわけです。したがって、icrc2023.org に届いたメールは GMO のこの mx20.gmoserver.jp で処理されることになります。

google-site-verification の行は、自分のドメインGoogle Analytics や Search Console を使うときに必要な設定です。Google Analytics を埋め込んだサイトが確かに自分のアカウントのものであると確認する役割を果たします。XXX の部分はユーザーごとに異なる長い文字列です。

そして最後の 2 つが、「お名前メールライト」の設定で必要な項目です。SPFDKIM の設定をすることで送信元サーバーの認証が行われるため、受信サーバー側でスパム判定される可能性が下がります。この 2 つの設定項目は、「メールマーケティング」のコントロールパネルの「DNS 設定情報」に記載があるのでこれをコピペしました。YYY はユーザーごとに異なる長い文字列です。

お名前メールライトの「独自ドメイン設定」

さて、お名前メールライトのほうでも DNS の設定をする必要があります。この設定はメールマーケティングと併用するユーザーはやる必要があると電話窓口で説明を受けましたが、自分はなんだかよく分かっていません。

ホスト名 指定先 レコードタイプ 優先度 ポート 重さ
(なし) 185.199.108.153 A
www icrc2023.github.io. CNAME
ftp 標準 A
(なし) 標準 TXT
form3 form3.maildeliver.jp. CNAME
redirect3 redirect3.maildeliver.jp. CNAME
maildeliver._domainkey v=DKIM1;k=rsa;t=s;p=XXX DKIM(TXT)
(なし) google-site-verification=YYY TXT

最初はこの辺りの設定を空欄にしていたのですが、info@icrc2023.org などからメールを送信すると Gmail に弾かれる場合があったので電話窓口で相談したところ、ここでも設定しないと SPF 認証が有効にならず spf=softfail という結果が Google から返ってきてしまいます。

ただし、ここの設定には SPF の設定があるわけではなく、また DKIM の設定をここでしていても info@icrc2023.org などからのメールには DKIM 関係のヘッダーが存在せず SPF のみが存在します。メールマーケティングの一斉配送の場合には、SPFDKIM もヘッダーに書き込まれます。

出張の持ち物 2022 年版

2018 年版が古くなったので更新。

国内・海外出張共通

  • AirTag
  • メガネ
  • コンタクトケースと洗浄液
  • ワックス
  • ヘアクリップ
  • 歯ブラシ
  • マウスピースと洗浄剤
  • ハンドクリーム(冬場もしくは観測シフト)
  • ステロイド
  • 服・パンツ・靴下・ハンカチ(長期出張の場合は帰国時の服装も)
  • 折り畳み傘
  • 雨合羽
  • 保冷袋
  • ジップロック
  • カメラ(データ消しておく)・レンズ・三脚・充電池・充電器
  • e-ticket の印刷と PDF
  • 宿泊予約の印刷とメール
  • Mac・AC アダプタ
  • iPadApple Pencil
  • iPhone
  • USB-C to Lightning・USB type A to Lightning
  • USB-C to VGA・USB-C to LAN
  • USB-C SD カードリーダー
  • Time Machine 用 SSD
  • 懐中電灯
  • ボールペン
  • 家の鍵
  • エコバッグ
  • 飛行機用枕
  • 洗濯物入れ
  • 何か読む本
  • 泳げる場所なら水着

国内出張

海外出張

  • パスポート
  • e-ticket の印刷と PDF
  • 現地の Google Maps の offline map
  • ワインケース
  • ヨーロッパ用 Mac の AC ケーブル
  • ヨーロッパ用のコンセントアダプタ
  • 現地通貨
  • 銀行の海外出金用カード
  • サンダル
  • 帰りに服を放り込める預け荷物用袋
  • オイスターカード(London の場合)クレジットカードのタッチ決済で良くなった
  • PILOT のホワイトボードマーカー(MPIK に行くとき)

コロナ関係

  • ワクチン接種証明書(紙)
  • 接種証明(iPhone
  • MySOS とファストトラックの設定(iPhone)
  • PCR 検査(無症状感染していて帰国できなくなるのを防ぐ)
  • FFP2 マスク(N95 マスク)
  • 体温計
  • 検査証明書の現地語で印刷したもの

長期海外出張

  • 海外旅行保険に入るかクレジットカードを高いのにして付帯保険を変えるかの検討
  • HDMI ケーブル、USB-C to HDMI
  • 研いだ包丁
  • エプロン
  • 必要な食器類
  • 変圧器
  • 出張中に他の国に行く場合に備えて周辺国のソケットアダプタ
  • バリカンと充電器
  • 髭剃り
  • ワインの栓
  • 目覚まし時計
  • スピーカー
  • スリッパ
  • タッパー(MPIK 滞在中は大きいの)
  • サランラップ

観測シフト

  • 登山靴
  • 山頂用の服装
  • 登山用マグカップ
  • 水筒

その他家族旅行

波物語クラスターのまとめ

波物語について

愛知県常滑市で「NAMIMONOGATARI2021」(以降、波物語)という野外音楽フェスが 2021 年 8 月 29 日に開催されました。報道によれば、緊急事態宣言下で 7392 人の参加者があり、会場での酒販・飲酒、一部参加者のマスク非着用が認められ、また参加者同士の距離を十分に取らない身体接触や出演者も煽る形での声出しが行われました。

陽性者とクラスタ

愛知県等の発表資料によると、波物語に関係する新型コロナウイルスの陽性者は、9 月 19 日現在で 47 名です。この内訳は次の通りです。

  • 愛知県がクラスターとして認定し発表した「イベントクラスター(10L)」:27 名
  • 愛知県と名古屋市が実施した、無症状(自己申告)の参加者に対する無料 PCR 検査(検査キットの郵送)
    • 愛知県実施分(351 検査):4 名
    • 名古屋市実施分(307 検査):4 名
  • 愛知県外陽性事例
  • 岡崎市在住の参加者から拡大した事例:2 名
  • 上記の合計 = 27 + 4 + 4 + 3 + 3 + 1 + 2 + 1 + 2 = 47 名

このうち、クラスター(10L)の 27 名、および岡崎市 10 代男性から同居家族(岡崎市 40 代女性、同 10 代男性)への拡大を 1 つの経路図として図示したものが、次の図です。

f:id:oxon:20210919082843p:plain
波物語クラスター(10L)の感染経路図

ここで注意したいのが、名古屋市管轄や愛知県管轄の陽性事例は接触経路が 8 月から非公表になったということです。そのため、岡崎市豊川市豊橋市豊田市以外に居住する事例の場合、接触経路は不明です。つまり、仮に 2 次感染があったとしても、それが明らかになるのはこの図では岡崎市事例と豊橋市事例のみになります。

この図では岡崎市豊橋市在住者は 3 名だけですので、大雑把には 3 分の 1 の確率で(保健所の追跡可能な)2 次感染が発生すると言えます。単純計算で 27 名中 9 名が 2 次感染をさらなる 2 名に起こしていたとすると、2 次感染の人数は 18 名程度と推測できます。

また、愛知県は単にクラスター 10L とだけ公表しておりその中でどのような接触経路が存在したかまでは公開していないため、先頭の稲沢市 20 代女性が全員に感染させた、いわゆるスーパースプレッダーであったという意味でもありません。感染日と、発症・受診・検査の時期は人によって異なります。あくまでこの図は陽性判明の時系列を表しているにすぎません。

この感染経路図の作成方法については、愛知県・岐阜県の感染経路図を可視化した際に書いた記事を参照してください。(この頃はまだ 329 事例でしたが、結局愛知だけで 10 万事例を超えたのにまだ継続しています。)
oxon.hatenablog.com
oxon.hatenablog.com

愛知県が通常「クラスター」として認定し公表するのは、次の条件を満たしている場合だと考えられます。

  1. 同一の場所で発生していること(家庭での拡大など、2 次感染は含まない)
  2. 感染者同士の接触経路が追えていること(濃厚接触が確定もしくは、職場の同僚など接触した可能性が高い)
  3. 合計で 10 名以上であること

※ ただし、豊橋市の高校でかなりの生徒に感染が広がった事例は、同一時間、同一場所ではないということでクラスター認定されなかった。
※ また、保健所の基準で濃厚接触ではなく接触が疑わしい程度だと、同じ職場で 10 名を超えていてもクラスター認定されない場合がある(例えば愛知県内の最初のデルタ株事例は職場感染を含め合計 26 名までの拡大が追跡されたが、職場内での接触経路は公開されずクラスター認定もなかった)。

しかし、この波物語クラスターは本当に愛知県がこれまで採用してきた「クラスター」の定義に合致するかは怪しいところです。27 人もいて、接触を辿れる同一のグループ行動を音楽フェス内でしていたとは考えにくいと思います。実際、愛知県外の事例は大規模な人数ではなく、またこの 27 人の居住地もあまりにバラバラです。

9 月 2 日の稲沢市の 20 代男性は稲沢市の消防士であることが報道から分かっており、この方は友人 2 人と参加したと発表されています。したがって、この 27 人はいくつかのグループに分割するのが自然であり(会場で同じ日に感染したものの、互いに接触していない複数のグループに分かれる)、愛知県がこれまで「クラスター」と呼んでいた形態とは異なるのではないかと思います。

また時系列を追ってみると分かりますが、稲沢市在住者 4 名が先頭に固まっていること、9 月 10 日の東海市事例は当初、経路不明(塗り潰し)として公表されていたこと、後半は名古屋市在住者が多数を占めることなどから、この「クラスター」と愛知県が呼んでいるものは、会場内で同時多発したいくつかの小規模クラスターなのではないかと自分は推測しますれます。またもし普段から行動をともにしている友人同士だった場合、たまたま波物語の開催時期に重なっただけで、その前からもしくは事後に友人同士で感染していた(した)可能性もあります。

リスク評価

2 次感染は無視したとして、7392 人の参加者のうち判明しているだけで 45 名の陽性事例が 14 日間にわたり発生したことになります。愛知県の 10〜20 代人口は約 150 万人です。また 9 月 1〜14 日の期間における愛知県内 10〜20 代の陽性事例は 6777 事例(10 代 2456、20 代 4321)です。したがって、これまた非常に単純な計算をすると (45/7392) / (6777/1500000) = 1.35 倍の確率で波物語は陽性事例が発生しやすい状況であったということになります。クラスターとして認定されていなかったり、参加した旨を申告していない感染者も実際にはいるでしょうから、多めに見積もって約 2 倍だと考えましょう。

これを多いと見るか、それとも大したことないと考えるかは、ちょっと難しいところです。(完全に偏見と、自分自身のクラブに行ったりしていた 20 年前の経験ですが)そもそも波物語の客層は新型コロナウイルスに感染しやすい交友関係を持っていた可能性があります。つまり、波物語に参加しなくても、遅かれ早かれどうせ友達同士で感染していたであろう人たちが、波物語をきっかけに感染した可能性があります。

例えば名古屋大学の学生数は約 15000 人ですが、このうち 9/1〜14 の期間で大学から公表された感染者数は 4 名です。上述の愛知県内 150 万人の 10〜20 代の感染事例 6777 と比較すると、10 分の 1 程度の発生頻度でしかなく、新型コロナに感染しやすい層としにくい層がいるのは明らかです。

波物語だけを敵視しなくても、4 人程度の若者同士の会食は愛知県内で 2000 回よりは桁で多く発生していると思われ、そのような場は県内全体の平均的な感染確率よりも高い環境であり、第 5 波の感染拡大に圧倒的に寄与しているはずです。

もちろん野外音楽フェスでもライブでも感染対策をするに越したことはありません。しかし「自粛の要請」という意味の分からない日本語を行政が振りかざし、特定のフェスにだけ愛知県知事が検証委員会を作って槍玉にあげるのは、「やっている感」を出したり怨嗟の吐口にするだけであって、日本全体、愛知県全体の感染拡大防止としては効果が薄いのではないかと思います。

この大雑把な計算で野外音楽フェスのリスク評価をするのは難しいですが、愛知県内全体の感染に比べて特に問題視するようなことではない、というのが自分の印象です。もっと定量的な評価は愛知県や国がしっかり行う必要があると思います。(感染拡大自体を自分は問題視しているので、波物語が感染防止対策を徹底しなかったのは問題視されるべきだが、波物語だけを攻撃するのは違うのではないか、ということです。)

計算間違いや、より定量的な評価方法などがあれば、ご指摘ください。

子供(10 歳未満)の感染経路はどうなっているか、20000 件超の感染経路図から考える

背景

4 月から開始した愛知・岐阜における新型コロナ感染経路の可視化は、既に報告件数 20000 件超を扱うようになりました。

oxon.hatenablog.com

このうち会食や職場など様々な感染経路が存在しますが、10 歳未満の子供の新型コロナの感染経路の実態はどうなっているのか。より個人的な観点からは、我が家の子供達が小学校や保育園で感染してくるか、また家庭内感染へと広がりうるのか。そういうことを実際の感染事例から概観してみたいと思います。

※1 この記事に書く内容は、あくまで愛知県、名古屋市豊田市岡崎市豊橋市岐阜県岐阜市の公開データに基づきます。そのため、症例の詳細や保健所や当事者しか知らない感染経路の本当のところは分かりません。
※2 これは医療関係者でも感染症の専門家でもなんでもない、素人の blog 記事です。
※3 10 歳未満に限っているのは、10 代を含めると(公開データが年代別になっており)18 歳以上の行動パターンと区別が困難になるためです。

国民の多くに新型コロナ対策が浸透し、それでもなお第 3 波が愛知県で広まり始めたのは 2020 年 10 月中旬のことです。このうち、11 月 1 日以降の陽性報告で陽性者の年齢が「10 歳未満」「0 歳」「1 歳未満」となっている事例と、それら事例に接触者・濃厚接触者として関連づけられている事例のみで、全ての感染経路図を作成しました。

かなり巨大な PDF として GitHub に公開しています。「2021-01-08(愛知、10 歳未満の子供を含むクラスターのみを表示)」というリンクがそれです。
github.com

PDF への直リンクはこちらです。
https://github.com/akira-okumura/COVID-19/raw/master/PDF/Aichi2021-01-08_kids.pdf

保育施設におけるクラスター事例

さてこのうち、保育施設で発生した大きいクラスターは 2 件のみです。小学校では自分の知る限り報道に出る規模のクラスターは発生していません。

クラスター 3E

1 つ目は愛知県がクラスター 3E と呼んでいる名古屋市の保育施設で発生したもの。これは職員と思われる 20〜40 代の方々と、施設利用者である 10 歳未満の子供たちで構成されます。ここで、報告順が左から並んでいるからといって、先頭の方がウイルスを持ち込んだかのように解釈しないでください。感染日と発症日と陽性確定日は人によって前後するためです。また線が繋がっているからといって接触している、感染させた、とは限りません。多数の線が出ているからといって「スーパースプレッダー」というわけでもありません。

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名古屋市保育施設(クラスター 3E)

このうち、施設職員と母親(と思われる)に繋がっている子供は 9 名中 1 名のみですが存在します。すなわち、もし施設内でまず感染が広がり、その後この子供が家庭内感染を起こしたとすると、感染をある場所から他の場所へ広げていることになります。逆に家庭内で先に感染が起き、その後施設内でクラスターを発生させた可能性もありますが、その場合もやはり、10 歳未満の子供が他の場所へ拡大させる役割を持つことが分かります。

この図からは少なくとも感染の上流がどちらであったかは判断つきません。しかし 10 歳未満の子供(おそらく 6 歳以下)が感染を他の場所へ移動することは間違いありません。

クラスター 3G

2 つ目は同様に名古屋市内の保育施設もしくは学校のクラスター 3 Gです。これも 3E と同様、20〜60 代の職員と思われる方々と子供たちで構成されます。ここでも 9 名の子供のうち 1 名は家庭内感染と繋がっているため、他の場所へと感染を拡大させる場合があることが分かります。

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名古屋市保育施設・学校(クラスター 3G)

クラスター 3G と 3E から分かること、分からないこと

クラスター 3E と 3G の事例の子供たちは家族構成が比較的似通っている(30〜40 代の両親もしくは片親、兄弟姉妹など)と考えられるため、このような家族構成の子供 18 事例中、ウイルスを他の集団に移動させたのは 2 事例だと言えます。ただし、他の家庭でも感染は起きていたのに、無症状かつ PCR 検査にかからなかった可能性は排除できません。

それぞれの施設内でどのように感染が広まったかは明らかになっていないため、子供達が遊ぶときに互いにベタベタ触ったのか、それとも子供や職員の飛沫感染が起きたのかは分かりません。しかし、子供から家庭感染への拡大が起きにくいことを考えると、子供から職員へ移したという可能性は低いのではないかと思います。親子の接触に比べると、子供と職員の接触は薄いためです。

大垣日大高校

ここで、10 歳未満ではありませんが、飲み会による感染を起こさないと思われる高校生のクラスター事例も見てみましょう。

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大垣日大高校クラスタ

学校内でどのように感染が広がったかは報道にありませんが、高校生と思われる 10 代の 28 名のうち、家庭内感染は 4 件のみです。小さい子供に比べると親子の接触は減っていると思われますが(経験談)、3G・3E の 18 事例中の 2 事例と同程度の、28 事例中の 4 事例です。

ただし、このクラスターは全部で 45 名いるはずなのですが、岐阜県の公表データからは 38 名しか経路図として接続できることができませんでした。7 事例が家庭内感染もしくは他の生徒の事例として隠れているかもしれません。

子供から子供へ移したと思われる事例

こちらの事例は、おそらく最初の 4 名は 3 世代の家庭内感染(濃厚接触)です。最後の 10 歳未満の 2 名は、このうち真ん中の 10 歳未満の 2 名との「関連からの検査」として公表されています。「関連からの検査」という書き方は、その濃厚接触ではないが、その発生した集団内になんらかの形で属していた場合に使われる表現です。同居家族であれば「接触」や「濃厚接触者」として書かれる場合が多いはずです。

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子供から子供へ移したと思われる事例

つまり、これら 4 名の 10 歳未満の子供たちは同じ集団に属しており、濃厚接触かどうかは追跡調査で判明しなかったものの、集団内で感染が起きたということです。その集団に大人がいるはずですが、大人への感染は確認されなかったと言えます。したがって、単純には 10 歳未満の子供同士で感染させ合う可能性があるということです。(インフルエンザでも学級閉鎖が起きるので当たり前ですが)

子供から複数の大人へ移したと思われる事例

こちらの事例では、中央の縦 1 列に 10 歳未満の子供が 3 名おり、これは先頭から繋がる何らかの集団(保育施設など)と思われます。

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子供から複数の大人へ移したと思われる事例

このうち 1 番下の女の子はこの左側の集団を含め 4 つの異なる大人へと繋がっています。つまり、4 つの集団のうちどれが感染の上流かは分かりませんが、子供を媒介として複数の集団へ感染を拡大させる場合もあるということです。

子供を 2 人経由して移したと思われる事例

こちらの例では、大人から子供に感染し、それが他の子供へ感染し、さらに大人へ移すという事例です。もし子供から大人は移りにくい、子供同士は移りにくいというのが事実だとしても、それらの低い確率を掛け合わせた事例というのも、これだけ感染者が増えてくると存在するということです。ただし稀です。

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子供を 2 人経由して移したと思われる事例

子供の感染の大部分を占める経路不明からの家庭内感染

多くの子供の感染事例のうち、頻繁に目にするのが感染経路不明の親(父親が多い)から家庭内感染をしたと思われる事例です。特にこれらの家庭(と思われる)を取り上げた理由はありませんが、典型例です。f:id:oxon:20210109175824p:plain

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父親が外からもらってきたのか、母親がもらってきたのかは発症日と感染日に時間差があるため、これらの図では分かりません。ただし、傾向として父親が先に陽性確定する事例が多いということです。

大きなクラスターの末端に子供がくる例

現在、愛知県内、岐阜県内では様々なクラスターが発生しており、当然そのようなクラスターに含まれる大人の中には、小さい子供を持つ方たちも多くいます。そのような場合、クラスターの末端に子供がくるというのもたまに見かけます。

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大きなクラスターの末端に子供がくる例

まとめ

当たり前ではありますが、子供から子供へも感染させる、子供から大人へも感染させる、そして大人から子供へ家庭内感染させたと思われる事例が圧倒的に多いということが確認できました。ここで取り上げた事例以外にも多数の経路が載っていますので、興味のある方は全体 PDF を眺めてみてください。

github.com

https://github.com/akira-okumura/COVID-19/raw/master/PDF/Aichi2021-01-08_kids.pdf

我が家の考え方としては、次の通りです。

  • 親は家庭外で会食をしない、職場でも気を付ける
  • 保育園も小学校も通わせないわけにもいかないので通わせる
  • 子供がもらってきたら諦めるが、その発生確率は高くはない
  • 子供は屋外で遊ばせ、他の家庭への訪問は避けてもらう