※この投稿は、私の所属する研究機関、研究室の見解ではなく、あくまで私見です。また基礎科学の研究者全体を代表するものでもありません。私の意見は少数派であると考えています。これまでの経緯はこちら。
事業仕分け自体には大いに賛成ですが、科学関連の予算削減には反対です。特に、特別研究員の支援や特別教育研究経費の削減には疑問を持ちます。しかしこれは各所で論じられているので、ここではあえて、反対意見を述べる一部の科学者の姿勢に対する批判を書きます。
まだ書きかけ。
4. 討論会に出席して、またこれまでの研究生活で感じたこと
4.1. 討論会と説明会
私が参加した討論会と説明会については、こちらの末尾にまとめました。ここで感じたことは以下の通りです。
- 何を「仕分け」られたのか理解していない。「基礎科学の重要性」を説く人々は、「仕分け」のやり取りで何が起きたかを把握していない。「世界一」発言や「博士の生活保護」というマスコミ報道の言葉の断片しか見ていない。科学者といえども、マスコミ報道に簡単に流されるということが明らかになった。
- 「仕分け」での指摘を真摯に受け止め、研究者もコスト意識を持つという議論に欠ける。単純に「予算を減らすな」だけでは、財務官僚や与党、国民の理解は得られない。
- 「基礎科学の重要性」の説明をするのが遅すぎた。予算は獲得するもの、という意識が欠落し、上から降ってくる予算を当然のこととして消化してきた。もっと科学者はその意義について国民に説明する努力をしなくてはいけない。
4.1.1.
まず1点目。これは、野依さんの「見識に欠く」という発言に対して、「仕分け」側からの意見に私は近いです。
ノーベル賞受賞者の野依良治氏が事業仕分けを「見識を欠く」と批判したことに対し、行政刷新会議の加藤秀樹事務局長は26日、「(仕分け人は)誰ひとりとして科学技術を否定していない。そういうことを見も聞きも知りもせず、『非見識』というのは非科学的だ」と反論した。(産経ニュース 2009.11.26)
ちなみに、野依さんをノーベル賞学者として認識するのはこの場合間違いで、スパコンを推進する側の「理化学研究所の理事長」という肩書きの人物だと一般国民は理解したほうがよいでしょう。つまり、利権代表者です (駄洒落ではない)。*1
野依さん達は、「基礎科学の重要性」を振りかざしているだけでした。これでは財務官僚と戦えません。影響力のある方々が首相と面会してロビー活動をなさってくださるのはありがたいですが、問題の本質が分かっていないようです。現在の我々の研究コストは非常に無駄だらけなのは確かです。そして、コストを抑えるための議論や巨大プロジェクトを成功に導くための議論が不十分であることの指摘を、ありがたく持ち帰り検討しなくてはいけません。そのうえで、「不見識だ」などと「上から目線」にならずに、よりよい研究環境の構築を官民、研究者一体となって進めていくのが良いでしょう。
例えば、「我々は常に世界一を目指して研究しているんだ!」と蓮舫議員に言ったとしても、彼女は「それくらい知ってますよ。そういう意味での発言ではありません」と流して終わりでしょう。例えば
を見れば、「仕分け」側の理屈が分かるでしょう。ここでは、誰が正論かは問題ではありません。「仕分け人」との戦い方が、文科省官僚は悲惨だった、またその状態を科学者全体が把握していないということが問題です。
4.1.2.
次に2点目。世界一のスパコンが欲しいというのは、私も疑いようのない事実だと思います。気候変動のより詳細なシミュレーションや、創薬の特許競争、そしてコンピュータの基礎技術の獲得など、1000億くらいかけたっていいでしょう(これを説得力持たせて説明する責任は、私ではなくて野依さんにあります)。しかし、今の体制で本当に世界一のスパコンが実現するのかについては、確かではありません。日本は80年代、90年代に、アメリカとのスパコン競争に政治的に敗れました(参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/日米スパコン貿易摩擦)。地球シミュレータの登場によって息を吹き返しましたが、その後の発展は停滞し、世界中のスパコンがIntelやAMDのCPUを採用しています。そのような状況で、どうやって日本が戦うかというのは基礎科学の問題というよりも、政治家の力、また民間企業の底力がどれだけあるかにかかっているでしょう。そんな中、地球シミュレータの立役者であったNECが、次世代スパコンから撤退しました。さらに「事業仕分け」期間の最中である、11月17日にIntelとのスパコン共同開発を宣言したのです。富士通だけで本当にやれるのかというのは当然の不安材料で、やはりこれに研究者や文科省官僚は答えなくてはいけません。
予算が通った場合、実際にスパコンを構築するのは富士通です。研究者はうまく企業と提携し、できる限り安い金額で研究を進めなくてはいけません。当然企業が持ち出しのコストもあるでしょうが、富士通は「儲かる」と踏んだからやるわけです。その一方で、NECは撤退しました。ここらへんの事情をよく総括せずに、もしくはきちんと説明せずに、当初の計画通りにやれますでは誰も納得しないでしょう。
東大の内部で11月27日に行われた説明会で、私は壇上の東大総長に「なぜこの配布資料がカラーの片面印刷なんでしょうか。なぜ予算が足りなくなるというときに、こういう無駄遣いがあるんでしょうか。民間ではあり得ないことだと思います」と問いかけました*2 *3。大学という場所はたくさんの無駄があります。もちろん「科学技術に費用対効果は馴染まない」のは確かなのですが、やはり我々研究者は、税金を使わせて頂いているという意識が低いんです。もしこの印刷代が浮けば全体の収益に繋がる、という企業のような発想があれば、白黒の両面印刷にするのは当然です。会社全体の収支、最終的には自分たちの給料に響くからです。
4.1.3.
最後に3点目。なぜ我々は今になって「基礎科学の重要性」を突然説き始めたのでしょうか。そして、なぜそれを文科省の官僚達が「仕分け」現場で説明することができなかったのでしょうか。それは長い間ずっと、我々がその作業をさぼってきたからでしょう。私自身も反省する必要があります。基礎科学の研究は国によって保護されているという幻想を持っていたのではないでしょうか。予算を獲得するという意識にかけ、上から降ってくる分を消費する業界になりさがっていたのだと思います。
自分の業界のことしか知りませんが、アメリカは多額の投資を基礎科学にしています。実はその一部は軍事力維持のためでもあるんでしょうが、ハッブル宇宙望遠鏡が直接軍事に役立つとも思えません。JAXAを知らなくても、NASAを知らない日本人はほとんどいないでしょう。「すばる」望遠鏡を知らなくても、ハッブル宇宙望遠鏡を知っているという人も多いはずです。なぜならNASAは大量の宣伝費をかけて成果を発表しており、その成果自体も世界一流だからです。「すばる」の建設費は400億円くらいだったと思いますが、ハッブルは修理費用込みで3000〜5000億円くらいかけているんじゃないでしょうか*4。
科学成果の宣伝には、あまり日本の科学者は時間とお金を割いてきませんでした。よく耳にするのが、「NASAとは予算が違う」というものです。しかし宣伝をして重要性を認識してもらい、さらに大きな予算を獲得するという良い流れがあるのではないでしょうか。日本の研究者も、もっと普段から宣伝しロビー活動をすることが求められているのかもしれません*5。
4.2. 討論会と説明会で私が質問したこと
私が出席した場で、聞きたい、伝えたいと思ったことをここに書いておきます。上記の意見を補足するものにもなるでしょう。記憶に頼りながらの記述になるので、間違いがあるかもしれません。またもっと無礼な言葉遣いだったでしょう。
4.2.1. ノーベル賞・フィールズ賞受賞者による事業仕分けに対する緊急声明と科学技術予算をめぐる緊急討論会
ここでの質問は、本当は野依さんに伺いたかったものです。会場からの質疑応答の時間が短かったため、私は指されませんでした。そのため、そのときに回答してくださったのは野依さんや利根川さんらではありません。後半の討論会で壇上に上がられた東大の先生方です。
また「学生さんからの質問」と中継されていましたが、私はポスドクです。
Q. ここまでの議論を聞いていると、「世界一」だとか「博士の生活保護」というマスコミ報道がかなり独り歩きしている印象があります。しかし「仕分け」の結果というのは、インターネット上に公開されており、実際にそれを見てみるとかなり異なる印象を持ちます。この資料に目を通す限り、スパコンが「仕分け」られたときに指摘された点は、かなり的を射た議論のようです。「ベクトル型とスカラ型の選択は良いのか」とか、「NECが抜けたことに対する総括はできているのか」といった、プロジェクト体制そのものを見直せという意見のようです。これまでに野依さんらが報道で「スパコンは重要だ」と繰り返し述べられてきましたが、「仕分け人」の問いに対する回答というのは、スパコンをやっている「中の人」からは全く聞こえてきません。報道される言葉に感情的に噛みつくだけではなく、指摘された点を真摯に受け止め、きちんとした反論をしていくべきではないでしょうか。また過去にそういった説明をしていく姿勢が、我々研究者には足りていなかったのではないでしょうか。
ここで壇上の先生方のご回答は、記憶頼りでは真意を伝えられない可能性がありますので、省略します。少し話を反らされたかな、という印象でした。「予算削減反対」の集会だったので、それはそれで仕方ないかもしれません。また、先生方のご回答が本音かどうかは判断しかねます。
どういう反応を周りが持つかについては、かなり不安がありました。基本的に雰囲気としては「予算削減反対」の流れであり、自らを省みるという場の雰囲気ではありませんでした。しかし予想に反して、ネット上の反応は良かったようで安心しました。20時11分20秒から20時20分くらいまでの反応が、私の質問に対する反応だと思います(変に叩かれなくて安心した)。
いくつかのネットの反応を貼っておきます。
http://homepage.mac.com/oxon/shiwake/ustream_chat.html yuyarinの中継の反応
2ch_1.html 2chの反応(1) http://unkar.jp/read/atlanta.2ch.net/kokkai/1259140717より
2ch_2.html 2chの反応(2) http://unkar.jp/read/yutori7.2ch.net/liveplus/1259142280より
4.2.2. 立花隆が訴える:“すばる”が止まる!事業仕分けの暴挙
ノーベル賞のほうの討論会は超満員でしたが、立花隆という名前はそれに負けるのか、こちらの会合は空席が1〜2割ありました。立花さんも呼ばれただけなのか主催者側なのかよく分からず、端的に言うと論点がよく見えませんでした。一般的な「すばる」の説明をしていたに過ぎません。
この討論会もまた、19〜21時で中継されたのですが(yuyarinではなく東大理学部が行った)、実はまともな議論は18時半〜19時の間に行われています。中継されたときの発言は、ノーベル賞のときと同様やはり「世界一」が独り歩きしたり、「基礎科学は重要です」が繰り返されたりという内容でした。この19〜21時の討論会で得られたものは特になかったのですが、一点だけ記憶に残ったコメントが会場からあったので、こういう意見もあるということで、記します(これも記憶頼りです)。
Q. 本当にお金が必要なのかということを、もうちょっと研究者も考えなくてはいけないのではないか。自然科学研究機構の立派なパンフレットが会場で配られましたが、こういうパンフレットは本当に必要なんでしょうか。
以前天文台におられた先生だそうです。
もう1つ。その場におられなかったと思いますが、こういう意見があったということで、天文台長の観山(みやま)教授が紹介されていたのが、
先生、予算を減らされるから今になって声をあげるんですか?何もなかったら何も声をあげなかったんですか?
と、理学部の助教の方に聞かれたそうです。
さて、18時半からの討論がまともだと書きましたが、その理由を書きます。会議の最初に、「すばる」望遠鏡の前所長である唐牛(かろうじ)教授が、望遠鏡の維持経費と特別教育研究経費(「すばる」の年間運営費数十億円を賄う財源)の説明、そして「仕分け」結果のご説明を15分ほどされました。唐牛さんのご意見では、「反対反対と感情的に走るのではなくて、仕分け結果も全部が全部おかしいというものでもなく、良い意見は取り入れて、冷静に対応していかないといけないんではないか」という、私に近いものでした。
そこで、私は
Q. 「仕分け」結果で削減された部分を「減らさないでください」と頼み込む戦略で我々は戦うのでしょうか。それとも、「仕分け」のコメントのうち、真摯に受け入れるべきは受け入れて、増額を求める部分はさらなる増額を求め、最終的にむしろ我々の配分を増やす方向に持っていこうとしているのでしょうか。どちらの戦略を取るべき、もしくは取ろうとお考えでしょうか。
のような質問を唐牛さんにしました。「それは貴方が考えることです」と、至極真っ当なお返事を頂きました。ということで、微力ながら個人的感想をここに書いています。
現在の一連の「反対運動」は、単に「減らすな」という声を上げるばかりです。むしろ、増やして欲しいということをもっと伝える必要があると思います。利根川先生もおっしゃっていましたが、日本の科学はしょせん二流です。一つの原因は、やはり予算の少なさだと思います。しかし、繰り返しになりますが、予算の使い方に無駄があるのは確かなことですから、「減らす分は減らす、しかし全体としては増やす」という流れにどうにか向かって欲しいものです。せっかくこれだけ「基礎科学の重要性」について報道されているのですから、影響力のある方は一般論を並べるのではなく、もっと情熱のある話をしていただけないものでしょうか。
4.2.3. 大学、学術研究に関する国の動向について
ここでの私の意見は、既に上のほうに総長への意見として書きました。
4.3. これまでの研究生活で、「仕分け」られるべきと感じたもの
我々研究者がいくら「予算を減らすな」と叫んだところで、赤字財政が好転するわけではありません。金が足りないのは事実なのです。そんな中、減らすなと叫ぶだけでは、国民目線に立てていないでしょう。まだまだ我々も削る余地があると感じたものを、適当に列挙します。分野や機関によって、大きく違いもあるでしょう。
- 特別研究員(DC、PD)の科研費。特別研究員に採用されると、自由に使える科研費が100万円程度もらえます(最近減っているようです)。しかしこの科研費の申請は「ざる」で、実際に何に使ったか、本当に必要かどうかはチェックされません。特にボスが金持ちの場合、学生の自由に使って良い小遣い(もちろん、研究に関係のないものは買えません)のようになる場合があります。よくあるパターンが、不要不急の読みもしない書籍を大量購入したり、必要以上に性能のよいパソコンや、無用な巨大液晶ディスプレイを購入したり、という事例はよくあります。一方で、文系の研究者のように、旅費の捻出にも困るような人には、きちんと支給されるべきでしょう。もっと審査をまじめにやるべき制度だと思います。
- 巨大プロジェクトの科研費全般。これも、不要不急の物品が多く購入されています。11月に入ったあたりから、営業に来る業者の発言に「年度末に向けてお入り用の装置はありませんか」というものがあります。「使い切りたい予算はありませんか」に近いと思ってよいでしょう。「使い切るため」に購入した装置が次年度以降に多いに役立つことも確かにあります。しかし、コストを考えずに購入した物品の少なくない数は死蔵されます。
- 科研費と大学から研究室に配分される運営費は異なる性格を持ちます。前者は研究に直接関係するものを購入するのですが、研究室の机などは後者で購入します。科研費は「自分で獲得した予算」という意識があるのですが、運営費は「降ってくる予算」に近いです。自分の懐が痛まないので、大学では机やイスや戸棚はバンバン捨てられます。自民党が下野して議員会館の引っ越しをするときに、大量の家具を廃棄していました。あれも、自分で購入した家具ではないからできる芸当です。
- 旅費全般も見直しが必要でしょう。航空券代金の最安値を探す努力はしません。また滞在先が1泊5000円のビジネスホテルでも、日当として一律の金額が支払われます。マイルがたまれば、個人の懐に入ります。
もちろん、こういったことを見直したからと言って、もう1台「すばる」ができたり、スパコンが安く作れるわけではありません。しかし、ここで言いたいのは、研究者もしくは大学のコスト意識というものが相当低いということです。人間ですから、自分のマイルが貯まればそりゃ嬉しいです。しかし予算がもっと緊迫すれば、次の出張は貯まったマイルを使おうと考えるでしょう。実験装置も、本当に必要なものだけを買うようになるでしょう。
あまりに予算がない場合、単純な肉体労働まで学生がやるはめになったりします。こうなったら研究ができなくなるので本末転倒ですから、ある程度の予算のゆとりは必要です。なんでもかんでも貧乏臭くやれというわけではありません。しかし、我々は金持ちなくせに、お金がないのだと、まだまだ勘違いしています。
*1:あえて「利権」という表現をしていますが、決して「私腹を肥やす」という意味ではありません。我々研究者にとっての「利権」は、「面白い研究をできる良い環境を与えられること」です。
*2:多分、もっと無礼で攻撃的な口調でした。申し訳ありません。
*3:浜田総長は立派な方で、説明会終了後にわざわざ私のところに壇上から降りて出向いて下さり、「ありがとう。こういう意見を若い人が言ってくれると非常に役立つよ。」という内容のことを仰って下さいました。説明会の主旨とは少し外れた発言を無礼な口調で私がしたにも関わらず、腹を立てることもなくそのような態度で若い人に話しかけるというのは、さすが巨大組織の長だなと感心しました。
*5:国立天文台、KEK、JAXAあたりは、日本の中でも宣伝を相当頑張っているほうです。自分が以前所属していた宇宙線研は(予算規模の違いが当然ありますが)まだまだです。