特任助教を公募します、ただし名古屋大学出身者限定な
いわゆる「ポスドク問題」として博士学位取得者の就職状況が騒がれる中、名古屋大学ではここ数年にわたり非常に面白い取り組みをしています。二年前にこの事実を知ったとき、いち研究者として怒りが込み上げてきました。二年間かけて熱冷ましをしてみましたが、やはり看過することはできないため、ご紹介します。
平成27年度若手育成プログラム(YLC)教員募集のページを見てみましょう。この公募は、名古屋大学が文理問わず学内全体で特任助教を 10 名程度採用するものです。それだけであれば、京都大学の「白眉」にも見られるように、別に珍しい取り組みでも何でもありません。
この公募の恐ろしいところは、「女性枠」に並んで「学内枠」という聞いたことのない枠があるところです。つまり、名古屋大学出身者以外応募できません、ということです。
以下に募集要項の応募資格の箇所を抜粋します。
A・B)共通事項
①年齢満 35 歳以下 (平成 27 年 4 月 1 日時点。ただし、医学系研究科博士課程修了者は満 37 歳以下)
②名古屋大学在籍教員が推薦する者(採用予定者の受入部局の長及び受入教員)
③複数の応募資格を有する場合は、該当する全ての枠に応募可能としま。
④ポスドク経験を有することが望ましい。
A)学内枠
・名古屋大学大学院博士後期課程又は名古屋大学大学院博士課程の修了者(博士学位取得者(平成 27 年 3 月末時点取得予定者を含む)。
・博士課程在学中もしくは修了後に、海外留学経験(おおむね1年以上)を有する 者又は採用期間中もしくは期間終了後速やかに留学すること(受入部局がその実施について最大限の努力をすることを求めます)。ただし、文科系分野については、 海外留学経験は必須ではないものとします。
B) 女性枠
・大学院博士課程の修了者(博士学位取得者(平成 27 年 3 月末時点取得予定者を 含む)。なお、海外留学経験(予定)は必須ではないものとします。
※女性枠は学内応募も可能とします。
「名古屋大学在籍教員が推薦」というのは少し引っかかりますが、募集要項の前半は至って普通ですし、海外経験を要件に入れるというのも「スーパーグローバル」的に重要でしょう。問題なのは「名古屋大学大学院博士後期課程又は名古屋大学大学院博士課程の修了者」に限定しているところです。
国立大学法人、その中でも旧帝大を初めとする研究大学は、多種多様な背景を持った優秀な研究者を採用して研究成果を上げるための組織です。男女の差別、国籍や民族の差別、そしてもちろん、出身大学によって採用の判断をすべき場所ではありません。
その大学で教育した大学院生を博士号取得者として社会に送り出し、名古屋大学に限らず日本中、世界中の大学や研究機関で研究させることが重要です。またその逆も然りで、色々な組織の出身者を取り込んでいくことで、文化の交流、優秀な層の獲得、大学の研究・教育機関としての質の向上が見込まれると信じられています。
にも関わらず、名古屋大学のような日本を代表する大学のひとつが、学内出身者限定の公募を行うというのは一体どういうことでしょうか。何度も正当化するための理由を考えてはみましたが、どうにも思いつきません。例えば「名古屋大学でしか研究を行えない特定の優れた分野を継続させる」のような理由であれば、採用時の志望動機として考慮すれば良いわけですし、また他大学出身の名古屋大学在籍中のポスドクも応募できたって良いわけです。また仮に「出身者に限定することで母校に対する愛を育む」という理由であったとしても、名古屋大学の学部出身者は含まれない理由が分かりません。博士課程から特任助教まで、一貫したキャリア形成を名古屋大学が担うという目的だとしても、一般的には同じ研究機関にとどまり続けることは不健全だと学術分野では見なされています。
そうやって考えてみると、この公募はポスドク問題を名古屋大学限定で解決する、つまり自分のところの博士号取得者のみを救済するという施策にしか見えないのです。
この公募は昨年度もありました。その前も同様にありましたが、二年前は募集要項が非公開で学内でしか情報が回っていなかったため、僕が名古屋大学に着任して初めてこの公募のことを知ったくらいです (全く「公」ではないですね)。
(以下、2014.10.24 追記)
名大法学部の大屋教授の tweet、ちょっと意味が分からない。
>RT 経緯を知らないで書いてるんだと思うけど、もともとはN大学出身者のドクター後キャリアを支援する施策なので、完全に学内限定。研究大学強化促進費の関係で新たに助成枠・国際枠を作ったもの。教育が主眼なので研究促進の面で遺憾な点があるとしても、まあそりゃやむを得ません。
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) 2014, 10月 21
「ドクター後キャリアを支援」というのがおかしい、というのが大前提。また高等研究院の特任助教をやるとなぜその出身者の教育に繋がるのかも全く分からない。一般的に同じところにとどまるのは悪と見なされている。なぜなら教育上悪いから。なので「教育が主眼」というのは、全くもっておかしい。
また、名大でこの特任助教をやったからって特別に教育機会を得られるわけではない。普通のポスドクや特任助教と何も変わらない。だから「教育が主眼」なんて言葉に何の意味もない。
「ヨソに出て行ける人材をカネかけて育てよう」という教育機関としての施策が「カネ出してヨソから人材買ってこよう」という安直な研究強化策と背反する側面を持つのは事実だが、後者が絶対的に正しいというわけでもあるまいに。>名古屋大学YLC
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) 2014, 10月 22
「カネ出してヨソから」ではなく、同じ金を出すなら身内限定よりもちゃんとした公募にしたほうがより優秀な層が集まるでしょ、という話。これは世界常識だし、全く安直な策ではなく、誰でも分かる当然の話。なので「後者が絶対的に正しい」とかじゃなくて、この人の前提が間違っている。
しかも任期付きの特任助教で高等研究院所属だから内部昇格とかが前提になっているわけでもなく、基本的には公募で外に出すための制度なんだけど……とまで書いたところでそっくり似た制度に思い当たった。 東大法学部の助手採用だ。 ……そりゃ私が変に思わないわけか。どっとはらい。
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) 2014, 10月 22
ポスドクや特任助教に限らず、内部昇格が前提でない助教だってあるし、任期ありなしは今関係のない話。「公募で外に出すための制度」は博士課程のうちに終えるべき。
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