オンライン講義の経験談

新型コロナウィルスの影響により、Zoom 等を利用した大学講義のオンライン中継をこの 4 月から始める大学教員の方が多くいらっしゃると思います。僕はこれまでに同様のオンライン中継を 4 年間継続してきました。どのような問題が発生するか、どういう心構えでいれば良いか、個人的な体験を少しまとめておきます。

1. 行なった講義の形態

  • データ解析とプログラミングの講義 ROOT 講習会 2019 · akira-okumura/RHEA Wiki · GitHub
  • 90〜120 分/回のオンライン講義、合計 5〜6 回/年を 4 年間継続(2016〜2019 年のそれぞれ 4〜6 月)
  • 対象者は学部 4 年生と修士 1 年生
  • 板書なしの全てスライド(PDF は事前配布)
  • 名古屋大学の学生 10〜15 名程度は対面で、その様子と Mac のスライド画面を全国 10〜15 大学に中継(リモート接続含め、合計参加者 90 名程度)
  • マイクとカメラは、スライドを上映している Mac を使用

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ROOT 講習会の名古屋大学側の様子

2. 感じた問題点

2-1. まるで壁に向かって喋っているようだ

同じ部屋に 10〜15 名程度の学生がいたものの、講師の側からはオンライン接続先の学生の顔が見えません。講師側の映像さえ学生に届いていれば良いようにも思いますが、実際やってみるとそうではありません。

通常の講義では、目の前にいる学生と頻繁に目を合わせることによって、直前に話した内容が理解されているかどうか、講義の進度が早すぎないかどうか、そういうものを講師側が読み取ることができます。例えば首を傾げている学生がいたり、相槌を打っている学生がいたり、板書に対してノートの追いついていない学生がいたり、そういったかなりの情報を講師側は教壇から得ています。

しかし、相手の顔や様子が分からないとなると、ひたすら気にせず一方的に喋り続けるか、もしくは 3 分に 1 回くらい「ここまで大丈夫?よく分からないところある?」といちいち学生に聞き続ける必要があります。この際、これも通常の講義で相手の顔色さえ伺えれば大丈夫かどうか雰囲気で分かるものですが、オンライン接続だと「大丈夫です」と全員が声を上げてくれるわけでもなく、10 秒程度待っても質問がなければ次へ進むという、非常にテンポの悪い進め方になります。

2-2. 質問のタイミング

名古屋大学の物理学科では、対面の講義でもなかなか質問の手が上がらないのですが、これがオンライン接続となるとさらに質問へのハードルが上がるようです。まず、ネットワークには必ず遅延が発生します。そのため、学生が「今だ」と思って質問したとしても、講師側は既に次の話題を話し始めていて、互いにタイミングの狂うことがあります。

また、相手側のマイクが入っていない、音声入力が小さくて聞き取れないといった、海外とのオンライン会議に慣れた研究者でもいまだに発生する問題が、不慣れな学生には頻発します。

加えて、リモートで参加している学生は教室の雰囲気が分かりません。他の学生は分かっているのかどうか、自分が分からないのは音声が途切れ途切れで聞き逃しただけだからではないかなど、通常の講義に比べると質問に対する心理的障壁が高くなると思われます。

2-3. チャット

気軽に質問をしやすくするためチャット画面でも質問を受け付けましたが、まず、こちらの期待するタイピング速度を学生は持っていません。向こうがゆっくりキー入力している間に、講義はどんどん進んでしまいます。

また、チャットでの質問は短文になりがちなため、結局こちらから「こういう意味?」と聞き返す必要がある場合がほとんどで、音声で質問してもらった方がトータルで早いということがありました。

加えて、講師の側は講義を行うのに集中しています。チャット画面をにらめっこしているわけには行かないため、質問されていても気がつかないということもあります。

2-4. 音声、映像が途切れる

これはもう技術的に仕方ない話ですが、音声や映像が途切れたり、途中で会議アプリケーションを立ち上げ直したり、なぜか会議に入り直すことができなくなったりという問題が毎週、毎年発生しました。研究者同士の会議でもこれは発生するので、不慣れな学生相手ではもうどうしようもないと思います。

2-5. ホワイトボードが映らない

スライドだけで講義するにしても、たまにホワイトボードに手書きで説明する必要がどうしても出てきます。この場合、カメラがどこの輝度に合っているかに注意しないといけません。プロジェクターのスクリーンに輝度があっている場合、その横にあるホワイトボードに字を書いても、おそらく配信先の学生には暗すぎて見えないでしょう。講義室にいる人間の眼のダイナミックレンジと、中継カメラのダイナミックレンジは全く異なるということを意識する必要があります。

またスライドではなく黒板でやる場合、カメラの解像度が十分あるか、解像度が十分あったとしても、ネットワークが不安定な相手先でブロックノイズが発生せずに綺麗に見えているかを気にする必要があるでしょう。

また身振り手振りで何かを説明する場合、自分がカメラからはみ出してしまうかもしれません。ホワイトボードもカメラに収まっている視野外にまで文字を書いてしまうかもしれません。

2-6. スライドの行ったり来たり

十分よく練って作ったスライドでも、「さっき説明した通り…」のように、何枚か前のスライドに移動したり、「後で説明するつもりでしたが…」と先に進んだりと、行ったり来たりすることはよくあります。この場合、講義室では即座に移動した先のページが見えるわけですが、接続先の学生の手元ではすぐに画面が切り替わっていないかもしれません。音声だけは途切れずに流れた場合、何ページ目が講義室で示されているのか分からなくなる場合があります。

2-7. 講義室の学生の声が拾えない

参加する学生が全員リモート接続であれば良いですが、通信環境の準備できない一部の学生などは大学の講義室で講義に参加すると思われます。この場合、ノートパソコン内蔵のマイクは講師側に向かっていますので、教室の後ろの席から学生が質問した場合、講師には質問が聞こえるけれどマイクは音を拾わないという状況になります。この場合、講師が「今 XXX という質問が講義室で出ました」と復唱する必要があります。

2-8. 冗談が通じたかどうか、反応が分からない

まあ、これは想像がつくと思います。悲しいです。

3. 改善案

3-1. 質問しやすい環境づくりと質問の練習

初回の講義のときに、マイクが問題なく動いているかの動作確認も含め、質問の練習をさせてみてください。また、じゃんじゃん質問して良いのだ、講義を質問で止めても良いのだ、自分だけ音声が途切れたかもしれないなんて気にしなくて良いのだ、ということを学生に伝えてください。

3-2. スライド PDF は前日までに配布

スライドでやる場合、必ず PDF にして前日までに配布し、講義の開始までに先にダウンロードするように指示してください。50 MB くらいのファイルに最近は簡単になってしまうため、講義の直前に配布したり、講義中に URL を教えたりすると、PDF をダウンロードし終えない学生が出てきます。

3-3. スライドの注意点

必ずページ番号を各ページに入れてください。何ページ目を開いているのか、必ず分かるようにしましょう。また PowerPointKeynote でアニメーションは一切使わないでください。たまに切り替わる静止画を送るのはオンライン会議ソフトは得意ですが、動画を上手に送れるとは期待しないでください。また配布 PDF ではアニメーションは再生できません。間違っても PowerPointKeynote のファイルのまま学生に配布しないように。

3-4. いつもよりゆっくり

通常の講義の 1.5 倍くらい時間をかけて進む必要があると思ってやってください。音が途切れたり、質問のやり取りは、通常の講義よりかなり時間を食います。

3-5. 接続テストを何回も

院生とかに協力してもらって、事前に接続テストをしっかり行なってください。

3-6. 録画する

途中で接続できなくなったり音声や画面が途切れてしまう学生が必ず出ます。これを学生の責任とするのはあまりに酷なので、そのような学生が後で視聴できるよう、講義を録画してください。

3-7. 質問の声の大きさ

講義室で質問する学生には、マイクで音を拾いやすいよう、大きな声で質問するよう、事前に依頼してください。

3-8. 心を強く持つ

相手の顔が見えない状態で講義をするのは、かなり心の折れる作業です。僕はメンタル強い方だと思いますが、ここ数年間で一番辛い仕事でした。

3-9. 板書に相当するもの

手元の PC のスライドを画面共有する場合、iPadApple Pencil などを活用して、板書に替わるものを用意しておくと便利かもしれません。その場合、PC と iPad の両方から同じ会議に参加する形が便利ではないかと思います。

全部黒板を使っての講義の場合、それを全て iPad に置き換えるというのは難しいかもしれません。

3-10. 講義室ローカルの雑談で盛り上がらない

学生側が活発な講義の場合、質問や講師側の雑談から、少し話が脱線して講義室内にいる人だけで雑談が発生する場合があります。これはリモート参加者からすると苦痛でしかありません。マイクで音を十分拾えず、また雰囲気も分からないからです。ついつい講義室にいる学生に向かって話してしまいがちですが、リモート接続の学生が主たる聞き手だという意識を 90 分持続しましょう。