専門家じゃないですからね。政治としては主観の入った論、科学としては一般論です。
SPEEDI という原子力災害時の計算システムが、最近にわかに注目を集めています。僕も原発問題が起きるまで全く知りませんでした。その役割が、事故発生後から現在までの情報を蓄積して被害状況を知ることなのか、それとも天気予報のように将来の被曝を調べるためのものなのか、それすら僕は理解していません。
なんだかネット上の意見を眺めていると、「せっかく SPEEDI があるのに何で公表しないんだ」と、お怒りになる方もいるようですが、どういう場合に計算結果を公表するべきなのか、僕にはよく分かりません。むしろ、政府内での参考程度にとどめ、そんな急いで公表する必要はないんじゃないかと思っています。
いくつか理由があります。
- (SPEEDI が短期予報もするものだと仮定して) 天気予報ですら難しく、また実際に原発の状況がどのように推移するかも分からないのに、予測をすることの困難さ
- 災害発生時からの積分の被害を調べるにしても、風向きや降雨などの全ての条件を知っているわけではない
- 過小評価した間違えた結果を公表すれば、避難すべき人が避難しなくなる危険性
- 逆に過大評価した結果であれば、不必要に避難者が増え、混乱が発生したり、避難者の受け入れ先がパンクするなどの問題、また将来的な風評被害
- 最後に、計算するよりもまずは実測して正確に状況を把握するのが優先だと思われる
物理の友人、同僚らと議論するときも、最後の点は必ず話題に出ます。まずは放射線量の測定点をさらに細かくし*1、局所的に被曝量の高い地域が発生していないかを調べるべきだという主張です。どんなに優れた計算機があっても、実測には適いません。なぜ局所的な測定が重要かと言うと、昨日も書いたように、既にそういう地域が発見されているからです。
以上のような理由から、政府は SPEEDI の結果の公表は十分に慎重であるべきだと思います。
しかしこの大災害の中、放射線検出器を持って走り回れる人材もかなり確保がしにくいでしょう。それ以外にもとんでもない量の仕事がお役所には回っているはずです。そういう状況の中、文科省の福島県内の測定は非常にありがたいものだと思っています。
さて、SPEEDI がどの程度の精度のものなのか興味があったので、ちょっと比較してみました。比較対象は米国エネルギー省 (DOE) の測定した結果です。これは日本時間の 3/23 の 9 時に公開されました (PowerPoint 直リン)。一方、SPEEDI は同日の 21 時だそうで、DOE の発表が先行してしまっているという。
次の図は、SPEEDI による 2011/3/12 から 3/24 までの内部被曝臓器等価線量の推定値の分布図です。北西方向と南方向に集中して広がっているのが分かります。この北西方向は、上述したように局所的な放射線強度の増大が見られる地域です。
▲ SPEEDI による試算結果
じゃあ、これが信用できるのか、どれほど真面目に受け取っていいのかという疑問が当然出てきます。SPEEDI の発表では、30 km 圏外でも 100 mSv の被曝が起こりうるとしていましたが、放出された放射性物質の量を正確に知っているかで、この絶対値は変わるでしょう。
それでは、先ほど触れた DOE の測定結果を見てみましょう。これは、空中での放射線計測の結果から、地上 1 m での高さの被曝量に推定し直したものです。3/17 から 3/19 の 3 日間の飛行で測定した結果なので、SPEEDI の 13 日間の被曝計算とは条件が異なります。しかし、福島県内で観測されている放射線の主な成分がヨウ素であり半減期が 8 日間あることを考えると、相対的な分布を比較するのは、十分意味があると思えます。
このままだと比較しづらいので、2 つの図を重ねたものが次の図です。
▲ SPEEDI と DOE の図を重ねたもの (少しずれていたので、3/25 に図を更新しました) 手で拡大縮小しているので、2 つの図は 10% くらいずれています
北西方向への集中は非常に似通った分布をしているものの、南側の地域での分布はかなり形状が異なります。SPEEDI では北西部と同程度の汚染を推定していますが、DOE の計算ではこの地域の汚染は比較的低くなっています。また逆に、SPEEDI では予想されていない、川内村などに、局所的に放射線量の高い地域が見られます。僕は DOE の推定のほうが、上空からの実測に基づいているので信用できるのではないかと考えています。
さて、問題は政府が SPEEDI の計算をどう公表するかです。南部の放射線強度が高いから、その地域に避難勧告を出すべきなのか、それとも川内村のように局所的に高くなっている可能性のある地域を見落とすことになるのか。ここらへんは非常に難しい政治判断なんだろうと思います。どっちに転んでも、多分国民は嬉しくないですよね。だったら僕はこんなもの出さなくて良いと思うんです。正しい計算なのか分からないものを出せ出せと突っついたところで、それを見せられた側はそれをどう解釈するんでしょうか。
この図を見て一致していると感じる人もいるでしょうが、僕は一致していないと感じます。北西部への広がりなんて風向きの情報でなんとでも出てくるでしょうし。
既に書きましたが、僕はこんな不定性の大きそうな計算に頼るより、ともかくやはり測定点を増やして、実際の汚染状況を正確に把握する必要があると思います。その点、DOE は航空機という手段でくまなく測定してしまったのは、さすがだなぁと感心します。
ちなみに、文科省の測定でも、この南部の地域 (測定点 44 と 45) は相対的に軽微な汚染で済んでおり、やはり SPEEDI の推定結果とは異なります。
▲ 文科省の 3/17 の測定結果。原発南側の、測定点 44 と 45 は SPEEDI の予想に比べて相対的に低い値を示す。
=== 2011/3/26 追記 ===
▲ 3/24 に DOE が追観測をしました。測定範囲が限られているものの、前回の観測と比べて、外の地域への放射性物質の拡大はないように見えます。手で拡大縮小しているので、2 つの図は 10% くらいずれています
=== 2011/3/27 さらに追記 (こっちに書いたのと同じ内容) ===
2011/3/26 の毎日の記事によると、浪江町の一部の人は既に避難済みとあります。
安全委の代谷(しろや)誠治委員らは25日夜に会見し、福島県浪江町などで高い累積放射線量が観測されたことについて「地域は限定的で既に住民は避難している」とし、現時点で屋内退避区域を拡大する状況にないと強調した。
ちょっと他で情報が見つからないのですが、ひとまずこの安全委の発言を信用して安心することにします。もし情報をお持ちの方がおられましたら、コメント欄にでもお知らせ下さい。
=== 2011/4/7 さらに追記 ===
▲ 3/30 から 4/3 の間の追観測だそうです。○で囲んである箇所は、地上での観測で、塗りつぶしたような領域が上空からです。緑色のところは、2.5 μSv/h から 11.9 μSv/h と推定されるところです。手で拡大縮小しているので、2 つの図は 10% くらいずれています
また DOE の追観測が出ました。SPEEDI と既に対象期間が合いませんが、上述の図と比較しやすいように、SPEEDI と重ねます。
それと、浪江町の仮役場に問い合わせたところ、町の判断で町内全域に避難指示を出しており (政府の指示ではない)、4/6 の時点で、163 人が自主的に町内に残っているとのことです。
*1:2011/3/25 注釈のみ追記。情報収集不足でした。既に文科省は測定点を増やすべく、3/21 の時点で作業を開始していました。この対応は完璧だと思います。適切な避難の指示を決定する為に、非常に有用な情報となるでしょう。http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/03/1303998.htm